にじんだ残像
手のひらから透かし見えた光がまぶしくて、少女はまぶたを閉ざす。
それでも網膜に焼きついてしまったそれからは逃れられるはずもなく。隠したそれを仕方なく覗かせ、陽に反射し淡く光を放つ朱へと視線を移した。
朱は相変わらず視線の先、木末に寝そべり空を見上げている。
「ルーク」
「………」
「ルーク!」
「…なんだよ、うっせーな」
不機嫌そうな声がしたかと思えば、がさりと枝を揺らして振り返る。
なんですの、その態度は。
のどまで出かかった言葉を呑みこみ、代わりにはき出したのはため息。
ここまで全力疾走してきたせいで荒れた呼吸を整えるためか、それとも単に涼みたかっただけなのか。ナタリアは重い足取りで木陰へと移動し、幹を背に座りこんだ。
「飽きねえのかよ、お前」
「なにがですの」
「ほら、毎回俺を追いかけてくるだろ」
「…そう言われれば、」
そんな気がいたしますわ。
「貴方こそ、飽きませんこと」
「なにがだよ」
「空。いつも眺めているでしょう」
「…ああ、」
愚問だと言わんばかりに逸らされた視線は件の空へ。
はじめから期待していなかったのか、返答がないことをさして気にした風もなく、彼に倣って空を仰いだ。
上空に鎮座しているそれは嫌味なくらいに輝いていて、彼女は再びまぶたを閉じる。
網膜に焼きついた、朱。
「なあ、ナタリア、お前も登るか」
「木に、ですか」
「そりゃそうだろ」
いつの間にか目の前に移動してきていたルークに驚くことなく答えれば、少年は無邪気な笑みを浮かべる。
気持ちいいぜ、空。
それほどまでに少年が焦がれた青に一瞬惹かれ、しかしと思い留まった脳裏に浮かぶのは遠い昔の映像。すでに思い出と化してしまった、過去の残像。
──…いつか俺たちが大人になったら、この国を変えよう。
貴族以外の人間も、貧しい思いをしないように。戦争が起こらないように。
死ぬまで一緒にいて、この国を変えよう。
「なあ、ナタ、」
「だ、駄目ですわ!」
差し出された手を条件反射的に撥ねつけ、しかしすぐに自身の行動を悔やんだ。
ああ、なんてことを、と。呆然と目を見開き払われた手を見つめている彼を捉え、音にならない声がそんなことを呟く。
「ル、ルーク、」
「…んだよ。そんなに嫌なら、最初からそう言えよ」
「わたくしは別に、そんな、」
「じゃあなんで手、払ったんだよ」
声、が、震えている。それは怒りからか、それとも悲しみからなのか。彼女はそれを判別する術をまだ身につけていなかった。
ただ、ただ伏せられた蒼が覗くことを祈って。唯一の類似点であるそれが見つけられるように、手を伸ばすしかなかった。
(その手を自ら掴むことはできないけれど)
実像がなければ残像は存在しないのだと、それすらも気付かないまま、
2010.7.14