貴女が隣にいる未来がありますようにと、
扉を開けて真っ先に視界に映ったのは鮮やかな金色。この時間帯にはあるのが当たり前になった、少女の色だった。
今日もですかと、反射的にため息をつく。それでも知らず口角がゆるんでいるのは、彼女が寝ている間だけだ。見咎められるのは少し、癪でもあるから。
音を立てないよう扉を閉め、机に近付く。
両腕を枕にむにゃりと健康的な寝息を立てる少女は幼子のようで、私が傍に立っても起きる気配を見せない。
「警戒されていないのは嬉しいですが、あまりにも無防備すぎますよ」
いつものように声をかけるが、反応無しでは独り言に過ぎなかった。
手近の椅子を引き寄せ、腰を下ろす。先刻まで彼女が読んでいたであろう本を手に取り、ぱらりとページをめくった。
いつまで続くだろうか、というのが最初の感想。
休暇でマルクトに旅行へ来たという少女が私の部屋へ訪れるようになったのは、今日から数えて二週間前。
同じ時間、同じ場所に、彼女は飽きもせずやって来た。
何が楽しいのか、彼女はいつも笑っている。自身の話を熱心に聞き、感心し、そうして笑う。ここにいることが楽しいのだとでも言うように、笑う。
いつしかそのひと時を待ち遠しく思う自分がいることにも気付いて。
ぱたり、本を閉じる。浮かんだ笑みは、少女にのみ宛てたもの。
「これでは私の方が子供みたいですね」
一人の少女の存在がこんなにも、大きいとは。
かさり。少女が寝返りを打つと同時、小さな音が響いた。
もしや書類でも下敷きにしているのではと何気なく見やれば、思った通り、腕の隙間から紙片が覗いていた。
起こさないよう注意を払いつつ、紙を抜き取る。
想像と違っていたのは、それが書類ではなく封を切られた手紙だったということだ。宛先はナタリア―隣で眠る少女へ。
ひっくり返せば、キムラスカの紋章とともに簡素な文字が続いていた。
──予想はしていた
「ん、…たい、さ」
「おや、お目覚めですか」
目を擦りつつ上体を起こした少女に、素知らぬ顔でいつもの対応をする。笑みを貼り付け、手紙を後ろ手で握り潰した。
「またこんな時間になってしまいましたわね」
「姫様はよっぽど夜遊びがお好きなようで」
「誤解を招くような言い回しはおやめください」
「では夜伽は」
「却下ですわ」
少女はく、と伸びを一つ。もうお帰りなさいと、呆れたふりをしながら言葉を継ぐ。
いやですわ。そんな彼女の次の言葉はそうと決まっている。
「いやですわ」
予想通り。頬をふくらまし、ぷいとそっぽを向く。
「やれやれ。困った姫ですね」
「姫扱いはやめてくださいと、前々から申していますのに」
「私にとっては、貴女はいつまでも姫のままですよ」
そうして紳士を気取った私は、気付かれないよう呪文を唱え、手紙を燃やした。
要は、挙式の日取りが決まったから早く帰ってこい、という内容だった。
文面を見て愕然とした私はどこかで、こんな日常がいつまでも続くのだと子供のように思っていたのだろう。
彼女が傍にいること自体が、非日常だというのに。
手紙を燃やしたとして現実は変わらないはずなのに、ただ今だけはと目を背ける自分は何と、臆病なのだろうか。
「また明日いらしてください、姫」
そうして何事も無かったかのように未来の約束を取り付ければ、少女は笑う、笑う。
ああ、どうか、
(願うことしかしない私はとても、臆病だ)
それは決して叶わぬ願いだと知っているにも関わらず、
2012.9.15