どうか馬鹿な自分でいさせて、
なにかに急かされたような目覚めだった。
ゆるり、上体を起こす。見慣れた視点からなにかを探すが、さてなにを探しているのだろうかと一人首を傾げた。
いつもより随分と綺麗に目が覚めたわりに、頭はまだ寝惚けているようだ。軽く頭を振ってみても、くらくらと視界が揺れるばかり。
思考の代わりに浮かんだ欠伸を噛み殺し、身震いを一つ。どうも肌寒いと思ったら、窓が開いているようだ。
肩にかけてある毛布を引っ張り上げようと手を伸ばし、ふと、止める。
「…今日は、かけてくださらなかったのですね」
洩れた言葉は存外恨めしげに、寂しげに響いた。
窓から吹き込んできた冷気が、剥き出しの肩を無情にも攫おうとしていき、思わず自身を抱いた。
いつもならもう少し眠れているのだ。
彼に貰った合鍵で部屋に入り、読み切れないほどの本を物色し、読み進めているうちに眠りに誘われ、そうしていつの間にかかけられている毛布に包まれて。
目覚めはいつも、やわらかな気持ちとともにやって来るはず、なのに。
原因は自分が一番分かっているけれど。
「もう、読まれたでしょうか」
すぐ傍にある簡易椅子に腰掛け、腕を組んで眠っている部屋の主に小さく問いかける。珍しく熟睡しているのだろうか、こくりこくりとわずかに船を漕いでいた。
数日前に届いた手紙──父であるキムラスカ王からのそれには、猶予があまり残されていないことが記されてあった。
その手紙を、果たして彼は読んだのだろうか。浮かんだ疑問に、迷わず首を振る。
敢えて机に置いていた手紙は、消えていた。見間違いでも勘違いでもなければ、彼が持ち去ったということになるだろう。
彼に読まれることを期待していたその時の自分は、一体なにがしたかったのだろうか。
婚約は解消すべきだと止めてほしかったのか、それとも祝福してほしかったのか。
右頬を机にくっつけたまま、彼に向かって手を伸ばす。触れた頬は長らく外気に当たっていたせいか、きんと凍えるような冷たさだった。
今一番見たいはずの色は、頬を撫ぜても閉じられたまま。いっそ抓ってみようかと肉をつまんで、やめた。
随分とずる賢くなったものだと内心呆れてしまう。以前はわざと手紙を置いて反応を窺うなんてこと、考えもしなかったはずなのに。
そうしてまでも、訊きたかった。彼の、答えを。
「ねえ、あなたはなにを思っていらっしゃるの」
婚期を逃さずに済みましたね、などと言いつつ祝福してくれるのか、それとも、
「いくなと、言ってくださるのでしょうか」
それはきっと、一番欲しかった言葉。その一言だけで、自分はすべてを投げ捨てられるというのに。
けれど答えは分かりきっていた結末に──けれど至極当然な結末に行き着いた。
なにもない。それが、答え。
くしゃり、視界が歪む。
「…あなたの中では、わたくしは“姫”でしかなかったのですね」
ああ、そんなことは分かっていた。分かっていた、はずなのに。なんとも今更な答えに酷く、胸が痛んだ。
椅子を引いて立ち上がる。いつもならば肩から滑り落ちるなめらかな手触りの毛布の音は、聞こえなかった。
彼の頬にそ、と。子供だましのような口づけを一つ。
それでも彼は目覚めないと分かってしまう前に早く退出しなければと、扉の向こう側を目指す。
──いっそあの頃の純粋な自分でいられたら
彼の嘘もすべて鵜呑みに出来るような、目の前の事実しか見えない自分でいられたら。
「…狸寝入りなんて、あなたらしくもないですわ」
もっと、傷つかずにいられたのに。
(知りたくはないの、もう、なにも)
自分から足を踏み入れたくせに、なんて身勝手なのでしょう。
2012.10.9