永遠なんてどこにもないけれど、

 ぬくもりが傍らにないと無性にさみしさがこみ上げるようになったのは、一体いつからだろう。 「──ロレーン…?」  まぶたを閉じるその直前までたしかに抱きしめていたはずのロレーンの姿が消えていた。深く夢に沈みすぎていたらしい、抜け出したことにも気付かないなんて。それでなくてもわたしはいつも、熟睡してばかりだというのに。  思わず口にした名前が、濃い闇の支配する部屋にとけていく。  ここよ、と。声はすぐに返ってきた。その音ひとつに、胸を蝕み始めた不安がするするとほどけていく。不安だなんて。縁起でもない感情を、眠気とともに振り払う。  ベッドから足を滑らせ、床につける。あたたまっていたつま先はすぐ、ひたりとした冷たさに侵食されていった。  まだ夜に慣れていない目を必死に凝らし、声がした方へと足を進めていく。  ふ、と。指先に触れたそれが、わたしを導いてくれた。 「ここよ、迷子の子猫ちゃん」 「子猫ちゃん、って」  またたきをひとつ、ふたつ、少しばかりはっきりとしてきた視界で、眸を細めたロレーンがやわらかく微笑んでいた。どうやら窓辺に腰かけているようで、勧められるまま、向かい合わせに座る。  遮光カーテンを開けると同時、淡いネオンの光が部屋に飛び込んできた。眠らない街の灯りが彼女の顔を照らし出してようやく、安堵が帰ってくる。繋がれたままだった指を握り返して、ロレーン、と。  返事の代わりにグラスをひとつ、差し出される。満ちているのはきっと彼女の大好物であるウォッカ。ふたつ分用意していたということは、わたしが起き出してくることを予測していたんだろうか。起こしてしまわないようこっそり抜け出したのに、いないことに気付くようにと願っていたんだろうか。そう思うと、苦手なウォッカでも受け取ってしまいたくなって。  グラスを打ち鳴らす音が静かに響く。  一気に飲み干すとばかり思っていたロレーンはだけど、少し口をつけただけで、視線を窓の外に投げてしまう。背中を丸め、片足だけ上げた膝に頭を預ける姿はどこか、ひとりぼっちの子供のようにも見えて。 「…夢を、見たの。珍しくね」  ぽつりと、言葉をこぼした彼女の眸はわたしに向いてはいない。促す代わりにグラスを傾けると、存分に冷えたアルコールが喉をちりちりと焦がしていく。  ネオンを浴びた彼女の髪がきらり、光を放つ。 「あなたと。デルフィーヌとずっと一緒にいる夢。デルフィーヌの傍にずっといる、夢」 「ずっと」 「馬鹿みたいでしょ、子供みたいで」  綻んだ口元は随分とさみしく映った。子供みたいでしょうと、彼女は繰り返す、笑ってくれて構わないわと。 「ずっと、なんて、あるはずがないのに、ね」  仕事上の関係はいつか終わってしまうものよ、と。いまみたいにネオンのゆらめく部屋で、いつだったか彼女はそう言った。それなら、わたしとの関係は。仕事でもなんでもないわたしとの間にもいつか、終わりが来てしまうんだろうか。いつか離れる日が来ると思っているんだろうか、ロレーンは。  グラスを置き、彼女の冷えた指を包み込む。ようやく視線を戻したロレーンに、そうね、と。 「ずっとなんて、ないのかもしれない。永遠なんて見つからないのかもしれない。それでも、」  それでもわたしは、 「わたしは。明日も、明後日も、その先も。ロレーンをあたためてあげたいの」  愛をも拒もうとするこの指先を、わたしが持て得る限りたくさんの愛で、満たしてあげたいの。  告げた声は小さくて、だけどたしかに届いていて。  ゆるりと、ロレーンの眸が少しだけ、揺らいだ気がした。それを確かめるよりも早く抱き寄せられすぐ、彼女の香りに包まれる。わたしと同じ、ボディーソープの香り。この身体がまた血と硝煙のにおいに塗り替えられようとわたしは、抱きしめてあげたいから。いつだって彼女の居場所でありたいから。  眸を閉ざせば、彼女の髪色がネオンよりも色濃くまぶたの裏に残る。 「─…ありがとう、デルフィーヌ」  ささやきが、身体をつたってとけていった。 (愛も、希望も、夢も、ぜんぶぜんぶ、わたしに与えてくれて、)
 某歌詞より。  2017.11.29