つまりあなたであればわたしは全部、

 たとえるならそう、人魚みたい。  歌声に聞き惚れた者を海の底深くに引き込むように、鈍く照らされた眸のその奥へと惹かれていく、もはや暴力的に、けれど甘やかに。 「─…デルフィーヌ」  髪色と同じくまっさらな肌にところどころ残る傷痕は痛々しくて、だけどそれさえも、彼女の身体に刻されているだけで、なにもかもが完璧に映って。 「デルフィーヌ、」  見る者を誘う眸に、思わず指を通したくなる髪に、触れたらとけてしまいそうな肌に。  彼女のすべてに、わたしはどうしようもなく、惹かれていて、 「こら」 「いひゃいいひゃい」  両頬をつままれたかと思えば、そのまま横に引っ張られて思わず間抜けな声が飛び出した。  つまみ上げている指を留めて、なにするの、と顔を覗き込む。ふい、と。逸らしたのは彼女の方。 「詩人の真似事をするのはやめなさい」 「だって言ったじゃない、わたしの夢は詩人かロックスターだって」 「本気だったの、それ」 「嘘ついてどうするのよ」  わたしの返答に、呆れたようなため息が一つ。どうしてこぼされるのか、まるでわからない。わたしは単に、この完璧なまでに美しいロレーンの好きなところを、自身の持てる言葉を余すことなく使って表現しようとしただけなのに。  そう訴えれば間髪入れずまた、ため息。 「あなたって子は本当に…」 「なに」 「なんでもない」  なんでもない、なんて言われても、そんなところで止められたら気になるに決まってる。  ねえねえと、続きを求め何度も表情を窺おうとしてもそのたびにふいとそっぽを向いてしまうものだから、ちっとも眸にありつけない。 「…もしかして、」  ふと。浮かんだ可能性に、目の前の白銀の髪に触れる。突然のことだったからか、びくりと彼女の肩が震えた。 「恥ずかしいのね、ロレーン」 「………寝言は寝てから言って」  たっぷり十秒。置かれた間に、可能性が確信に変わっていく。  そうか、彼女は恥ずかしいんだ。わたしが向ける言葉が、尽くし足りない気持ちが。その証拠に、露わにした耳がうっすらと染まっている。  耳のふちをなぞれば身を固くして、くちびるを寄せれば背を丸めて。 「だって全部、本当なんだもの。芯に響く声も、透き通った眸も、指通りのいい髪も。あなたであればなにもかも好きなんだから、わたし」  ついにはほんのり色づいた首筋を隠すみたいに手でこすった彼女がようやく振り向いて。だけど眸は現さないまま。最強と謳われた諜報員はどうしてだかわたしの前では、素直な感情を眸に乗せてしまうから。  また呆れ言を落としかけたくちびるを塞ぐ。驚いた風にまぶたが開いて、まったくもう、だなんて。 「馬鹿正直なのも困りものね」  あなたにだけよ、とは、言わないでおいた。 (だってこんな感情を抱いたのも、あなただけなんだから)
 デルフィーヌちゃんは思ったことをそのまま口に出しちゃう子だといい。  2017.10.24