あるいはこんな結末も。
馬鹿な子、だった。
きっと諜報員としての素質は無かったのだと思う。尾行もへたくそ、銃の存在も気取られ、あまつさえ敵前で涙を見せるだなんて。
とっくの昔に命を落としていてもおかしくなかった。むしろそうであってくれたなら。私と出逢うもっとずっと前に任を解かれていたのなら。
ベッド脇に横たわっている彼女に視線を投げる。
雫ひとつこぼれないのは、私の心がすでに死んでしまっているからか、それともどこかへ置いてきてしまったのか。
悲しみに暮れないのなら早くこの場を後にして、パーシヴァルを追い仇でも討てばいいものを、それさえも身体が拒絶する、まだここに留まっていたいのだと。
熱情をそのまま向けてくる子だった。
抑える気なんて元々ないみたいに全身で触れてきて、不器用さをそのままに求めてきて。耳元に寄せてきたくちびるから、熱がふいに移ってきてしまいそうで。
もう随分と昔の出来事のように思えてしまうのに、肌に落とされた体温が、耳にこぼされた名前が、首に預けた頭の小ささが。こびりついて離れない。
どれだけそうしていただろう、ようやくずるりと這うように壁から離れ、彼女に近付く。
「…デルフィーヌ、」
なあに、と。まるで大きな犬みたいにすぐさま応えていた彼女の声はもう、聞こえない。
見開かれたままの眸が痛々しくて、そ、と閉じてやった。
私に近付かなければ、パーシヴァルに関わらなければ、詩人かロックスターでも目指していれば、訪れることのなかった結末。
この子だってきっと覚悟はしていたことだろうけれど。それでもどこか深く暗い闇に落とされたような、そんな感情から抜け出すことができなくて。
もうあの夜のような熱を孕んでいないくちびるに口づけを一つ、せめてどうか少しでも早く誰かに発見されますようにと、
「──…っ、は、ごほっ、」
冷たくなったくちびるから洩れる、浅い呼吸音。
いましがた閉じたばかりのまぶたが開いて、それからすぐ苦しそうに背を丸め咳き込み始める。
目の前で起こっていることがどうにも呑み込めなくて、私はただ、またたきを繰り返した。だって彼女は永遠に息を止めてしまったはずなのに。首に残る絞殺痕が、それを証明しているのに。
だというのにその本人はと言えば、酸素を取り戻すみたいに咳を繰り返し、涙を浮かべながらもくるりと振り返り、にこりと、笑ってみせる。
「どう、かしら、」
「…ど、して、」
「勝てない、って、わかってた、から。だから、死んだと思わせるしか、ないな、って」
まだ力の入らない手が握っていたのは、一時的に仮死状態をもたらす薬の瓶。量によっては本当に命を落としてしまうことから、使用する者は少ないというのに。
「完璧、だった、でしょ」
「…ばか。ばかよ、あんたは」
その指から瓶を奪い取り、代わりにぎゅうと握りしめる。ようやくぬくもりを取り戻してきたそれは確かに、彼女が生きていることを教えてくれているようだった。
視界が意図せず歪んでいく。どこかへ置き去りにしていた心が足音を忍ばせ帰ってくる。
「泣かないで、よ」
「泣いてないわよ、ばか」
「また、ばか、って」
「ばかよ。大ばか者よ」
一つ覚えみたいにその言葉ばかりを繰り返す私こそ、馬鹿であることはもう知っていたけれど。それでもいまは彼女の身体を抱き寄せることしかできなくて。
「デルフィーヌ、」
「なぁに」
「─…もう、勝手に死ぬんじゃないわよ」
吐き出した私の心を、彼女はただ、笑って受け止めてくれた。
(これからは、私があなたを死なせないから)
こんなEDがほしかった。
2017.10.27