Dear my,

 それはあの子がくれた最初の、そして恐らく最後の手紙。  読み返すのもこれで何度目だろうか、すっかりくたびれた紙切れを開けば、目に馴染んだ、少し幼い文字が並んでいた。 『親愛なるロレーン』  そんな書き出しに流していた涙はもう、とうの昔に枯れた。  パーシヴァルとKGBの密会写真に同封されていた手紙にはあの子の、純真な想いが込められていたから。まっすぐな心がいまはただ、まぶしくて。 『あなたがこれを読んでいる時、果たしてわたしは生きていますか。まだ、あなたの傍にいますか。  以前は──諜報員としての仕事を面白そうだと思っていたあのころは、任務に命を賭けることは当然だと考えていた。祖国のためになら、喜んでこの身を捧げると。  でもいまはあなたの傍にいたいと。もう少しだけ、あなたの役に立ちたいのだと。そう、思ってしまうわたしがいるの。  あなたは呆れるかもしれない、敵に情を向けるだなんて諜報員失格だと笑うのかもしれない。  だけど、あなたと出逢ってしまったから。あなたの肌を、体温を、くちびるを、眸を、知ってしまったから。その時からわたしは、MI6の諜報員ではなく、ロレーン・ブロートンその人に、惹かれてしまったの。  もしも、わたしがまだ生きていたら。あなたが許してくれたら。  もう少しだけ、あなたの傍にいさせてください。あなたのために、命を賭けさせてください。  デルフィーヌ・ラサール』  目を通しすぎて一言一句違わず頭に入っているその手紙を、細かく破り、右手で握りしめる。  車を発進させるのと同時、開け放したままの窓から右手を出し、風に任せて開いた。  はらはらと、身を散らしていくその姿はまっさらな雪にも似ている。 「なにも破らなくたっていいじゃない」  聞こえた声にちらと隣を窺えば、その手紙の主はくすくすと、どこか楽しそうに笑っていた。きっと私の意図したところを理解してくれているのだろう。だってあの手紙にはあまりにも、死の予感が詰まりすぎている。過去ばかりが、映されているから。  ハンドルを持ち替えそのまま左手で彼女の頭を引き寄せる。大人しく力を抜いた彼女が近付いて、首にすっぽり収まるその直前、頬に素早く口づけを送ってきた。 「さっきの手紙の返事だけれど、」  サイドミラーに視線を向けながら返すのは、外に放ったあの続き。 「命なんて賭けなくていいわ」  ハンドルを彼女に任せ、右手で銃を引き抜く。 「あなたを絶対に、死なせたりしないから」  今度こそ、と。含ませた意味を悟ったその子が笑む気配。  つられて微笑み、くるりと上体を反転させ。 「だから、──私の傍を離れるんじゃないわよ」  追い上げてきた車のフロントガラスめがけて、引き金を引いた。 (手紙なんてもういらない、だってこれからは直接、)
 デルフィーヌちゃんの字かわいい。  2017.10.29