主よ、或いはこれもあなたが与えた罰だというのですか、

 天罰。そう、これは神の御名において下された、当然の仕打ちなのだ。敬虔なるわたしが主の代わりに与える、罰。  すっかり冷えた柄を握り直す。震えはもうとうの昔に治まった。それは決して、人を殺めることへの罪の意識ではない。あの女は存在してはいけないのだから。俗世の欲にまみれた女など──ただ清廉に仕えてきたわたしに穢れをもたらしたあの女など、生きている価値も無いのだから。  ひたり、ひたり。教会の高い天井に足音が響いても、気に留める者もいない。ひとりは狂い、ひとりは苛まれ、そうして目指すひとりも頭を抱えている。なにに恐怖しているのかは知らない、知る必要も、知りたくもない。  ひたり。立ち止まれば、女がおもむろに顔を上げた。いつもは妖しい光を湛えているはずの眸が奇妙に揺れ、そうしてようやくわたしに焦点を結ぶ。  その色に、視線に、惑わされてきた、いつだって。神のみに捧げていた心身を奪ったのも、触れられたことのない身体を暴いたのも、全部全部、この色だった。この女さえいなければ、眸に映し込まれさえしなければわたしはわたしのままであれたのに。主だけに祈りを捧げていたわたしのままでいられたのに。わたしがいまこうして刃を握っているのも早く視線から逃れたいのも心が痛いほど締め付けられているのも全部ぜんぶこの女の、 「あなたのせいで、っ、」 「──救ってくれるの?」  刃が、押し留められた、響いた音のせいで。  あとほんの少しでその顔を醜く切り裂けるというのに、腕が言うことを聞いてくれない。ただ、わたしをとかし込む眸に魅入られてしまう。  彼女は繰り返す、救ってくれるのかと。それはたとえば彼女を襲っている苦しみからか、恐怖からか、それとも寂しさとでも言うのだろうか。  異様に細い腕が伸ばされる。手首を捕らえられてすぐ、刃を取り落とした。その柔な腕のどこにそんな力があるのか、ぐいとわたしを近付け、あごを持ち上げ視線を重ねてくる。また、この、色。 「ねえ、聖女様、」  ぶわりと、至近距離で与えられた音が耳を侵していく。瞬く間に全身に広がればそれだけでもう抵抗する力さえ奪われてしまう。  左の腿が、疼く。それは彼女が気紛れに残した痕。もうとっくに消えたはずなのに、どこにも見えないはずなのに、あの時の熱を欲を憎しみをまだ、忘れられないでいた。  身体を辿る指が下へ下へと伸びてくる。彼女の眸が仄暗く揺れる、わたしを映したまま。 「──お願いよ、アデーラ」  なにに対しての願いなのか。尋ねることもできないまままた、欲に溺れていく。 (神に見放されたのは彼女かそれとも、)
 縋る娼婦とおぼれる聖女。  2017.6.30