あなたの御心に背きました。

 主よ、お許しください。  わたしはあなたにすべてを捧げました。この身を、この心を、この一生を。なにもかもがあなたのものだと、これまでも、これからも。だというのにわたしは、わたしの心は、主の御心を裏切って、 「あら、お祈り?」  ああほら、また。わたしの意思とは関係なく、肩が大仰に震えてしまう。振り返らなくたってわかるその人の声がわたしの背を撫で、ひたと、寄り添って。そんな錯覚に陥ってしまいそうになる。  動揺から目を逸らしたくてまぶたを閉ざしたのに、開いた次の瞬間には視界いっぱいに彼女の顔が映っていた。もう聞き飽きた鼓動が懲りもせず鳴り響く。  ああ主よ、ちがうのです、決して心を明け渡しているわけではないんです。ただどうしてだか彼女─アリアンナと名乗る素性の知れない女性─に見つめられると、心臓が急いてしまうんです。頬が熱をあげてしまうんです。彼女の眸にわたしのなにもかもを見透かされているみたいで、ひどく揺らいでしまうんです、もしかするとこの心情の変化に気付いているのではないかと。 「私もたまには、クリスチャンにでもなってみようかしら」  飛ばされたウインクに、ぐ、とくちびるを噛みしめ耐える。そんなわたしの様子など意に介したふうもなく手を組み合わせた彼女は眸を隠す、長いまつげがはらりと揺れる。  主よ、教えてください。この感情は憧憬、でしょうか。それとも畏怖なのでしょうか。あるいはわたしの知らないなにかなのでしょうか。三つ目の選択肢であった場合が、わたしは一番こわいのです。知らない感情は、こわい。だってあなたに捧げるものとはまた別のような気がして、こわいのです、とても。  わたしの気も知らない隣人は早々に祈りを切り上げ、ふと。視線の宛先はわたし。せっかく落ち着いてきたと思った心臓がまた、早鐘を打つ。  しばらく真正面からわたしを捉えていた眸が、そうして色を加える、これはきっと、さみしさ。一体なにがさみしいのか、わたしにはわからないけれど。 「ねえ、アデーラ」  ともすれば空気にとけていきそうな声が、わたしの名前を紡ぐ、やわらかに。感じたことのない安堵が熱とともに全身を包みこんでいく。主の加護とはまた異なる、安心感。彼女ははじめてばかりを与えてくる。わたしの知らなかった感情を、世界を、簡単に微笑みに乗せて。  主よ、わたしはどうすればよいのでしょうか。  知りたいと思ってしまったのです。彼女にもっと近付きたいと願ってしまっているのです。これはあなたに対する裏切りなのでしょうか。あなたは許してくださるのでしょうか。  もうあなたの、 「──してはだめよ、そんな顔」  あなたの声が、きこえません。 (どうか、どうか迷える子羊をお導きください)
 少しずつ、少しずつ、惹かれていく。  2018.1.1