崇高な血を、貴女様のすべてを。

 穢れている部分などなにもないのだと、いつになったら気付いてくれるのでしょうか、あなたは。 「アデライン、やめ…っ、」  制止の声も振り切り舌を這わせれば、びくりと身体に震えが走る。わたしを引き剥がそうとした手が宙で動きを止め、頭の上に力無く落ちてきた。抗えないほどの痛みであることは、苦悶に寄せられた眉を見上げれば明らかだった。  早く離れて手当てをしなくちゃ、そうは思っているのに、一度その甘さを知ってしまった欲望が止まってくれない。あるいは狂ってしまったのだろうかと、そんな錯覚を覚えるほど。  ***  その人がまとってきたにおいは随分と甘美なものだった。一瞬、血液だと分からないくらいに。  どうしたのですかと尋ねてみてもいつもの微笑みを浮かべなんでもないよとそればかり。けれど腕を引けば、その笑みが崩れて。  それからの強引な行動は、自分自身でさえ驚くものだった。  遠ざかろうとする彼女の狩装束を無理にはだく、拒絶されないと知っていたから。思った通り、わずかに拒んだものの跳ね除けられることはなく。彼女とわたしの体力差を考えれば容易なことであるはずなのに。  そうして見えた白い肌には赤々と、おびただしいほどの鮮血が散っていた。  鎖骨から胸、横腹へとかけて、抉られるように走った傷。痕と呼ぶには真新しいそれから思わず目を逸らしたくて、けれど同時に魅入られてしまって。 「汚いものだろう」  呟きが吐き捨てられる。穏やかな――少なくともわたしの前ではいつだって、やさしい口調の彼女がきっとはじめて見せた、忌々しげなその表情。  穢れているのだと、血が、身体を巡っているそれは忌むべきものなのだと、彼女は言った。夜な夜な獣を葬っている狩人がなによりも忌み嫌っているものは自分自身だと。  言い募ろうとする口を遮りたくて、手を、触れた。  どろりとした感触が指先から伝ってくる。爪に絡めて、なぞって。けれどそれだけではどうにも足りなかった、わたしの中のなにかが求めていた、血を、彼女の鮮やかな血液を。  気付けば恐る恐る覗かせた舌で舐め取っていた。  まず舌に乗せ、口に含む。粘液とともに転がし、のどの奥へ流し込み、最後にくちびるに付着したものも綺麗に飲み下して。  とろりと感じる甘味は、本当にわたしと同じものなのかと疑いそうなほど。いいえ、彼女の血はきっと特別なのかもしれない。だってほんの少し舐めただけでこんなにも心躍るのだもの。  腕を取ったまま、片手を背中に、半ば抱きしめるような形で距離を詰める。赤く染まった舌先を、今度は胸へ。控えめな膨らみを上へと辿っていき、紅に紛れたそれをやさしく吸い上げればまた、ふるりと。 「ねえ、マリア様、いたいですか?」  その震えがまだ、痛みだけからきているものとは思えなくて。  見上げたくちびるが引き結ばれ、けれど頭に乗せられたままの手がゆるりと撫でてくれて。  固く結ばれたそれに口づけた、孤高の狩人が嫌う紅をまとったくちびるで。 (あるいは血に飢えた獣のように、)
 己の出自を呪う狩人様とそのすべてを愛した聖女様。  2016.10.26