とらわれたのはわたしか、それとも、

「女性でも男性でも平等に愛せと、神は仰いました」  性、とでも言うべきか。  穢れた女と一言も口を利くつもりもなかったのに、つい、教えを説いてしまっていた。あなたが女性でなければ、などと差別にも似た発言をした女は顔を上げ、驚いたように目を丸めている。あなた声が出ないわけじゃなかったのね、そうとでも言いたそうに。  思案でもするように眸を伏せ、くちびるに指を当てる、その姿さえ淫らで、そして酷く扇情的で。 「─…なら、私も神様に倣ってみようかしら、」  見惚れていた、わけではなかったけれど。それでもなぜか目を奪われていたら突然、腕を引っ張られ、体勢が崩れる、ぐらりと世界が揺れ、気付けばあの眸と同じ高さにいた。  自分の置かれている状況に頭が追い付いてこない。娼婦はいつもの寂れた椅子に座っていて、わたしを見上げていたはずで。そんな女を見下ろしていたはずなのに、いつの間にか視界が下っていて。  わたしがいま、腰を下ろしている場所は、 「っ、おろして、」 「暴れないの」  わたしを易々と抱え込んだ女は、すらりと伸びた人差し指をくちびるに当ててくる。まるで魔法にでもかけられたみたいに動かなくなった身体でただ、間近に迫る深い眸の底を探すばかりで。 「ね、聖女さま?」  囁きをこぼすくちびるが触れる。やわらかに邂逅したのは一瞬、すぐに乱暴に貪られていく。固く閉ざしていたはずの口内に押し入られ、噛み切ろうとした歯の隙間に指を差し込まれそれも叶わず、蠢く舌に蹂躙される。  飲み込めない唾液が口の端から洩れ、あごを伝い落ちていく。  ああ厭らしい、穢らわしい、幾人もの卑しい者に触れてきたそのくちびるが寄せられているだけで胃液がこみ上げてくるというのに、どちらともしれない体液が身体を流れていくだなんて。  口から引き抜かれた指が唾液を辿るように、爪で痕を残そうとでもするように、なぞっていく、下へ、下へ。誰にも許したことのない身が暴かれていく感覚に総毛立つものの、どうしたって逃れられなくて。その細い腕からは想像もできないほど強い力で抱き留められているからか、それとも自らの意思だというのか。  認めたくない、認められるはずもない。 「…ごめんなさいね、聖女さま」  ようやく離れたくちびるが、形ばかりの謝罪を口にする。そのくせ口角は笑みに歪み、 「あなたには優しくできないみたいなの」  また、とらわれていく。 (あなた、なのでしょうか)
 娼婦と聖女さまがすき。  2016.12.21