血に侵されたのは、
ちょっとした好奇心だった。
「ねえ、あなた」
自身の獲物を携え教会を後にしようとしていた狩人様が足を止め、何事かと首を傾げながら振り返る。ハットの影から見え隠れするその眸に、いつもの微笑みを一つ、なんてことのないように。
「それ。頂けないかしら」
指したのは、彼女が懐に収めようとしていた試験管にも似たそれ。細長いガラス瓶の中には、薄紅色の液体が満ちていた。狩人である彼女はますます首を傾げる、それもそのはず、私が貰ったってなんの意味もないはずなのに。なによりこの血液の持ち主が許してくれるはずもないだろうけれど、いまの私にはそんな配慮よりもただ、ほしい、と。
少しだけでいいの、と。小さなグラスを目の前に差し出す。こんな夜でもせめて酔いくらいは回したいと、自宅から少々のお酒とともに持ち出してきていたのだ。
わずかに迷う仕草をした後、心優しい狩人様は瓶の口を塞いでいた布を取り去り、グラスに傾けてくれた。薄紅がこぽこぽと音を立てて流れてくる。魅惑の色、私とは異なる、いろ。
「…ありがとう、狩人様」
微笑みとともに礼を告げれば、踵を返した彼女は呼び止める前のように漆黒の占める夜へと消えていった。あるいは私も武器を携え獣を狩れば、あの子も喜んで血を捧げてくれるのかしら、なんて。他人の血を欲しがるなんて本当、どうかしている。
なみなみと注がれたグラスを掲げる。どこからか差し込む仄かな月光に照らされたそれは、私に強く強く、色を残していく。
そうしてグラスの縁にくちびるをつけ、一口。ほんのり甘さを感じるそれが、舌に、喉に、張り付きながら下っていった。これが、あの子の味。これが、あの子の身体を流れている、命。鼓動が速まっていく、身体が火照って仕方がない。全身に染み渡っていくそれにアルコールなんて一滴も混ざっていないはずなのに、どうにも気分が高揚して。
一口、一口、と。グラスを煽る手が止まらない。口の端からこぼれていくのも勿体なくて、指ですくって舐め取って。そのうちぴちょりと、ただの一滴になってしまった。
伸ばした舌の上にその最後の一滴を、落とす。口に含んで、においを確かめて、転がして。
「──あなたって本当、おいしいのね」
視線を流せば、いままさに口にした血液の持ち主である彼女が、殺意さえこもった眸をこちらに向けていて。
ようやく飲み下した私は微笑んだ、薄紅に染まったくちびるを引き上げて。
(私は狩人にはなれないわ、だってこんなにも、侵されている、)
アデーラちゃんの血がほしいアリアンナさん。
2017.3.5