この後おいしくいただきました。

 まさかおかえりよりも先に口づけを送られるとは思ってもいなかった。 「おかえりなさい、ダーリン」 「…順番が逆じゃないですか」 「意味は同じよ」  笑みを形作ったくちびるの紅は落とされていた。そういえば今日は仕入れの関係で早くに店が閉まるのだと言っていたから、わたしが帰宅する随分前からくつろいでいたのだろう。  横を通り抜けるわたしの首に、化粧着姿の彼女の腕が回される。ほのかに香るシャンプー。先にシャワーを済ませてしまったのだろうか、今日こそ一緒に浴びれるかと期待していたのに。  知らず頬がふくれていく。なんて子供染みているの、もう少女のころのわたしではないというのに。  そんな子供に気付いているのかいないのか―ずるずると引きずられるようにして後ろを歩いているのだから多分気付いていないのだろうけれど―構わずリビングへと足を進めるわたしの髪に、うなじにと鼻をうずめ、くちびるを触れさせていく。 「汗臭いですよ、わたし」 「そんなことないわ、いいにおい。つけてくれているのね」  彼女にもらった、彼女とお揃いの香水。もったいなさすぎて未使用のままどこかに飾っておこうかとも考えたけれど、それよりも同じにおいを纏っていたかったから。こうしていればいつも、キャロルを感じていられる気がしたから。わたしがいるから必要ないわよ、なんて。口にしようものならそう笑われてしまいそうだけれど、わたしはいつだって、彼女の傍にありたいのだ。  コートを脱ぐ端からくちびるが降りていく。わずかに開けた背中に、肩甲骨に、軌跡を残して。  彼女の口づけはまるで魔法だ。一つ、一つと触れていくたびに、わたしの心を奪っていってしまう。拗ねていた数分前は遠くへ去って、代わりに訪れたのはどうしようもないほどの高鳴り。段々と下へと辿っていくくちびるはたしかに、夜の気配を孕んでいたから。  そんな動揺と期待をひた隠し、首だけを振り向かせる。ようやく背中から口を離した彼女の口角は相変わらず楽しそうに持ち上げられたまま。 「おなか空いたんですけど」  キッチンからは食欲をくすぐるにおいが漂ってきている。きっとスープでも作ってくれているのだろう。  舌でとけるその味を思い出しただけでお腹の虫を鳴らせそうだけれど、作った彼女自身がそれを許してくれない。あごを掴まれ、無理に持ち上げられる。 「いまから食べるから問題ないでしょう?」 「わたしが食べられる側なのに?」 「あら、満たされないの?」  疑問符だけの会話に自然と笑みがこぼれていく。わたしを天使だと呼ぶのなら、彼女は小悪魔だ。いつだってわがままで、けれど彼女の言葉も仕草もすべてわたしの喜びに代わっていってしまう。  ずるいと声にする代わりにくちびるを重ねれば、満足したように頬が綻んだ。求めるままに身体を倒されたのはソファ。 「──それじゃあ、いただきます」  艶やかに微笑んだ小悪魔が、化粧着の紐を解いた。 (ベッドがいいだなんて言葉は今日も聞いてもらえないんでしょうね)
 ED後のC→Tな感じがとても好き。  2016.2.28