この指で、この音で、このくちびるで、
ぎゅ、と世界を閉ざしてしまうのが彼女の癖のようだった。
声を抑えるためか、それとも紅に染まった鼻の付け根から首筋にかけてを隠してしまいたいのか、片手で口元を覆って。それでも空いたもう片方の指は求めるみたいにわたしの髪を絡めて。
キャロル、と。切なく洩れる名前に、かき抱くように触れてくる指先に、心が締め付けられていく。いとおしさで、ともすれば息が止まってしまうくらいに。
「テレーズ、」
ふ、と。射止めてきた眸に、胸が打ち震える。
やっぱり明かりは消しておいた方がよかったのかもしれない。わたしを映す深緑の眸に耐えられそうもなかったから。偶然わたしの腕の中に落ちてきた天使を暴いているという背徳に押し潰されてしまいそうだったから。
深緑に捕らわれた哀れな女は祈る、どうか神様が目を逸らしていてくださいますようにと。清純な天使の羽を手折る瞬間をどうか見逃してもらえますようにと。
祈りが届いたかどうかは、わからない。
両頬に添えられたぬくもりが、現実を呼び起こしてきた。
「─…わたしを見て、ちゃんと」
わたしだけを見て、と。切実な願いに、自身の矮小な祈りなどすぐに消え去ってしまった。
額をこすり合わせ、視界いっぱいにテレーズだけを映して。願わなくたって、最初からあなたしか見えていないというのに、それこそ一目会った時からずっと、こんなわたしにさえ微笑んでくれるあなたのことしか。
どんなに言葉を尽くしても足りない気がした。そもそも彼女は天界から落ちてきてしまったのだから、人間が生み出した言語なんかで言い表すことなど不可能なのだろうけれど。まるで子供染みた考えに、だけど一蹴する要素は見当たらなくて。
「あいしているわ、テレーズ」
これがわたしの、精一杯の想い。丈など測れないほど積み重なったそれを一つ、一つ、拙い言葉にこめて。どうか伝わりますようにと。あいしているの、柄にもなく天に祈ってしまうくらいに。こんなにも心があなたへと向かっていくの、どうしようもないほどに。
彼女の幾分も年齢を重ねてきたはずなのに、くちびるに音を乗せるしか身を焦がす愛を伝える術を知らない自分に腹が立つ。
「うれしい」
それでも天使は微笑んでくれた、わたしも、と。やわらかなくちびるから震える呼気を取り出して。
「わたしも、あいしてます、狂おしいほどに」
「それはわたしの台詞よ、ダーリン」
言葉をかっさらっていこうとするくちびるを奪って、瞬間、びりびりと共鳴し合う感覚に身体が震える。たしかにいま、想いを交わしているのだと、そんな実感が背筋を辿っていく。
けれどわたしは何度だって口にするのだ、この両手で赤く色を変えた頬を包み込んで、彼女にしか聞こえないように、彼女にだけ伝わるように。
「──あなた以外いらないのよ、テレーズ」
深緑からこぼれた雫が、明かりを受けて淡く光った。
(わたしのすべての、あいを)
CとTは何度だって想いを交わし合っていればいい。
2016.3.19