その言葉、そっくりそのままお返しします。
歯ブラシは色違い。わたしが青、もう一つは赤。
「同じ色がよかったのに」
「それだとどっちのものか分からなくなるでしょ」
独り言のつもりだったのに、聞き咎めた彼女のおかしそうな笑い声に、見えないとわかっていながら肩を竦めてみせて。それでもいいのに、とは言わないでおいた。
買いたての褪せていない二色を残してバスルームを後にする。
ここに初めて足を踏み入れた時に比べて随分と狭く見えるリビングに自然、躍る心を抑えられなくて笑みが上る。大きな丸テーブルに二脚の椅子、ふたり掛けのソファに、並んで調理できるキッチン。住居が変わっただけだというのにこんなにも、嬉しいだなんて。
それまで住んでいたアパートを引き払ったのは二週間ほど前。その時にはソファどころかテーブルさえなかったものだから、一緒に家具を選びに行くまでは行儀悪くも並んで床に腰を下ろし食事をとったものだ。
あなたがここに暮らしてくれるかもわからないのに家具なんて買えなかったの、とは彼女曰く。
それならもし本当にわたしが最後までノーを貫いたら一体どうするつもりだったの、なんて、訊けるはずもなかった。こんなにも広い部屋でひとりきりのキャロルなんてもう、想像できるはずもなかったから。その隣にどうしたって、自分を置いてしまうから。
家具屋を覗きに行ったのは先週の日曜日。彼女の勤めるお店の商品を、ふたりで品定めしたのだ。と言っても、最終的にはキャロルが選んだものばかりになったけど。
彼女が以前住んでいた家を見た時からわかってはいたけどやっぱり彼女のセンスは品良くて、型落ちしたものばかりだというのにどれもこれもが、まるで最初からセットだったようにぴったりと組み合っていた。
そうして今日、ようやく運び込まれたわけで。
「後はベッドだけなのだけれど、」
寝室から出てきたキャロルが、扉に背を預けて腕を組む。その表情はまるで悪戯を見つけた子供のようだ。
日曜日にすべての家財道具を揃えたわけではなかった。とりあえず一部だけ運び込んだ様子を見て、また選びに行くということになっていたから。そんなわけでベッドも、わたしが来るよりも前にあったものがそのままなわけで。
「ダブルにするか、二つ運び込むか。どっちがいいのかしら」
「わたしはこのままでもいいんですけど」
「シングルのままで? ふたりで寝るには狭いじゃない」
わたしの答えなんて最初から知っているだろうに敢えて尋ねてくるのだから本当、意地が悪い。今日こそ負けてしまわないよう距離を縮めて、彼女を真似て腕を組んではみたものの、なにもかもを透かすような眸で見下ろされてしまっては敵うはずもなかった。
「寝相は、悪くない方ですけど」
「手癖は悪いみたいだけれど」
「寝言も言わないし」
「かわいい声は聞かせてくれるけれどね」
「それはあなたも、」
「それで?」
言い返そうとしたくちびるを、伸ばした人差し指で封じ込めてきた彼女は、首を傾げて艶やかに微笑む。流れた金色の髪が肩を滑る様子をただ見つめていることしかできないわたしに、確かな言葉を求めてくる。
「どうしたいのかしら、テレーズ・ベリヴェット?」
本当に、ずるい人。わたしがどちらを選ぶかなんて、そもそも彼女だって同じ想いのくせに、わたしに口にさせようとするのだから。自分では決して伝えようとせず、わかっているんでしょう、とでも言わんばかりに。
彼女の思う通りにするのは悔しいけど、それでも心と正反対のことを言えるほど天邪鬼になりきれないわたしはやっぱり、彼女に弱いのかもしれない。
くちびるに触れたままの手を取り、指を絡めて、足を進める、ふたり分にしては手狭なベッドへと。
「…このままがいいに、決まってるじゃないですか」
「──わがままな子ね」
まったく素直でない恋人のくちびるに近付いたのと、彼女がわたしのヘアゴムを取り去ったのは同時だった。
(まったく、わがままなのはどっちですか)
一緒に住みはじめたばかりのCとT。
2016.4.5