いつだってあなたを傍に感じていたくて、
「テレーズ、バスローブ持ってきてくれないかしら」
この言葉を聞くのももう何度目だろう。わざわざ数えなくても、同じ部屋に住み始めて二週間も経たず両の指が足らなくなったのだから、推して知るべし、だ。
ため息を一つ、仕方なく寝室に向かえば、真っ白なバスローブがベッドに寂しそうに置き去りにされていた。
キャロルはいつもこうだ。パジャマもバスローブも、果てには下着でさえもバスルームに持ち込まずシャワーを浴びてしまう。
いまでこそわたしが小言と一緒に渡すことができるけど、以前は、つまりここに引っ越す前はどうだったんだろうかと考えずにはいられない。心配を向ける対象は彼女の愛娘だけど。
将来、きっと母親に似て可憐に育つだろうリンディが、お風呂上がりまでキャロルそっくりにバスタオル一枚で家中を徘徊するようにならないことを祈るばかり。一人暮らしならまだしも、そうでないなら同居人に同情してしまうもの。
リンディの未来の恋人がわたしと同じ気持ちを抱くことがないよう願いながら、ようやくバスローブを手に取る。
やわらかい布地は、触れただけで香りを運んでくれた。甘やかな、だけど決して胸やけのしない、心の落ち着くにおいは、これの持ち主のもの。わたしが好きな、彼女のにおい。一緒に暮らしていても、どれだけ彼女に近付いても、わたしに移ってくれることはまだ、なくて。
そ、と。目にまぶしい白に顔をうずめて、息を吸い込む。いとおしい恋人に抱きしめられているような、そんな感覚に自然、笑みが上って、
「まだかしら、のろまさん?」
「っ、あ、」
割って入った声にば、と振り向けば、さっき想像した通りのバスタオル一枚だけをまとった持ち主が、開いたままの扉に背を預け笑みを口の端に乗せていた。
濡れそぼった毛先から雫が落ち、剥き出しの肌を滑ってタオルに吸い込まれていく。また髪も乾かさずに、風邪引いても知りませんよ、なんて。すっかり染み付いたはずの小言が鼓動にかき消される。こんなにも早く脈打つのはあんまりにも無防備な姿を前にしているからか、それとも見られてはならない場面を目撃されてしまったからか。
だからリンディには気を付けてほしいのだ、わたしみたいにこうして、胸をかき乱されてしまうんだから。
ひたり、ひたり。完全には拭き取れていないのか、キャロルが一歩踏み出すたび、音がついて回る。耳に跡を残していくそれはわたしの目の前でぴたりと止んで。
恐る恐る見上げた眸がつと、細められる、明らかにわたしと似た色を含んだそれで。
「そんなものにキスを送らなくたっていいじゃないの、本物はあなたの傍にいるんだから」
ふわり、広がっていく両腕の間に飛び込まないなんて選択肢が、一体どこにあるというんだろう。少なくともわたしの目の前には存在していなくて。
おずおずと距離を縮めれば、焦れたみたいに彼女自ら抱きしめてきた。ゼロ距離にまで迫った肌からぬくもりと、まだ振りかけていないはずのあの香りが伝わる。背中に腕を回して、もうとっくにくっついているというのに、もっと近くにと。もっともっと、キャロルに包まれていたいと。
服が水を吸い込むのも気にせず肩に顔を預ければ、色付いた頬がすり寄ってきた。ねえ、と。落とされた声は甘く、静かに。
「わたしの影を追いかけないで。わたしを感じて、ちゃんと」
「─…いつも、いつだって、感じてますから」
どんな時だって。念を押す代わりに、頬に口づけを。小言はとうに呑み込んでいた。
(まあ、こうなることは予想してましたけど)
(それなら、っくしゅ、もっと早く注意しなさいよ)
(何度も注意しましたよ、風邪引きさん)
CのにおいをかいじゃうTかわいい。
2016.4.8