今夜もあなたは月明かりにとける、

 ふ、と。光が差した気がして、眠気に沈みゆこうとするまぶたをこじ開けた。  仄暗い室内に浮かぶ淡い色にまたたきを一つ、二つ、それが見慣れたパジャマの柄だと気付くのに随分と時間を要したのは、まだ思考が夢の世界に置き去りになっているからなのか。  身体を横にしているせいで首も傾げられず、ただ疑問符だけを落とす。どうしてこのかわいらしい柄が見えているのかしら、普段なら目の前にあるのは天使もかくやといわんばかりの寝顔であるはずなのに。  音を立ててしまわないようそっと、見上げたはずが、シーツの擦れるわずかな音が響いて、消えて。  果たして求めた表情が変わらずそこにあって、安堵の息を一つ。できれば月明かりに照らされたその頬に触れたいのだけれど、胸の前で両手を重ねたまま動かせずにいてそれも叶わない。  少しだけ覚醒に導かれた頭はやがて思い至る、最近はこうして、いつの間にか抱きしめられて眠ることが増えたことを。たとえば幼子を守るように、たとえば籠の中に閉じこめてしまうみたいに、胸の内に抱き留めていたのはわたしの方だったのに。彼女の拘束はやさしく、けれど逃げることを許さないようで。そもそも逃げ出そうなんて考えが浮かぶはずがないけれど。  代わりというわけでもないけれど、じ、と顔を見つめて。  こうして表情に引き寄せられるのも、今夜が初めてではない。  いつもわたしをまっすぐに映す眸が、長いまつげに隠されてしまっている。わたしをやわらかに受け止めてくれるくちびるが、少しばかり笑みをかたち作っているように見える。  一体誰の、どんな夢を見ているのか。きっとしあわせなものであるのだろうその中に自身を落とし込むことくらいは許されるかしら。いまこうして、いとおしい恋人の腕に収まっているこの瞬間だけでも、都合の良い夢を描かせてほしかった。わたしがここにいるからこそ、彼女はこんなにも嬉しそうなんだと、そう、信じ込んでいたかったから。  ふと、腕の力が強まる。迫った水玉柄に顔をうずめて息を吸い込めば、わたしと同じにおいがして自然、広がる笑みを止められなかった。  そうして自らも距離を詰めれば、彼女とわたしを隔てていた月明かりの境界が曖昧になって、わたしもまた、月の下に晒される。 「──おやすみなさい、テレーズ」  どうか同じ夢が描けますように。祈りがかたちになる前に、意識がまた、沈み込んでいった。 (どうかわたしも同じ場所へ、だなんて、)
 いつの間にか見守る側から見守られる側になってるCがほしい。  2016.4.30