笑みで嘘を塗り固めた。
(中の人のお話)
ふわりと、香ったにおいはどこかで覚えのあるそれ。果たしてどこであったか、記憶を辿れるような冷静な思考は残っていなくて、ただ、何故、と。単純な疑問符ばかりが飛び交ってはのどから取り出す寸前でかたちを無くしていく。
頭半分ほど小さな彼女を包み込んだことは何度もある。時には上から覆い被さるように、時には下から持ち上げるように、そうして時には肩に顔を預けるように。どんなかたちにせよ、それはいつだって私からで。
だからこそいま、ほんの少し視線を向けた先に見える栗色が目の錯覚としか思えなかった。
おずおずと、まるで怯えてでもいるみたいにわずかに腕を回してくれていただけのルーニーがまさか、自ら抱きしめてきているなんて。
「ケイト、」
思考をまとめきれない私の下に、静かな声が落ちてくる。まるで小さな子供でもなだめるみたいな声音にようやく、自身が強張っていたことに気付いた。
背伸びして首に両腕を回している彼女がすり寄る、やわらかな髪が耳朶をくすぐる。
「こわがらないでください」
「…なに、を、」
「わたしを。わたしの想いを」
くらりと。芯に触れてきたその言葉に眩暈が走る。
気付いていたのだ、彼女は、私が恐れていることに。私が彼女の気持ちからわざと遠ざかっていたことに。きっと憧れで目が眩んでいるだけなのだと、彼女の中で作り上げた私に想いを寄せているだけなのだと、そうやって自分自身さえも偽っていたことに。
「だってわたし、気付きましたから、」
彼女の言葉は続く、無情にも、これが答えだと言わんばかりに腕の力を強めて。声が降る、私だけに届くように。
「あなたがすき。あいしてるんです、ケイト」
どうか勘違いであってほしいと。彼女の心変わりを願う裏に自身の感情を殺していることに、どうして気付いてしまったのか。
あなたは、と。問いかけは吐息に乗せて。
偽りなく生きたいと思った、ともすれば演じている気高い女性のように、自分らしく生きていたいと。けれどそれはきっとひとりよがりでしかないから。
「─…好きよ、ええ、好きに決まっているじゃない」
涙は嘘で隠した。彼女が気付いてしまいませんように、どうかこれが真実なのだと信じてくれますようにと。願いを言葉にとかして。
腕は、回せなかった。
(だって気持ちと向き合ってしまったらもう、引き返せなくなってしまうから)
あるいはなかったことにできたなら、
2016.5.14