これ以上、なんて見つかるわけもなくて。

 わたしが頬をふくらませていることに随分と前から気付いているはずなのに、それでも、もういいわよ、なんて一言もかけてくれないなんて、やっぱりキャロルは意地悪だ。  じり、じり。ベッドの端に腰かける恋人の背後ににじり寄る。 「キャロル…、あの、」 「捨てられた子犬みたいな目で見てもだめよ」 「そんな目で見てません」  不機嫌な顔をそのままに寄せれば逸らされて、捕まえようと手を伸ばせばするりとかいくぐられて。いま一番求めているくちびるには到底届きそうもない。  そもそもの発端は今朝のこと。  快晴に誘われ近くの公園で朝食を取っている時にふと、キャロルが微笑んで。なにか面白いものでも見つけたのか尋ねてみれば、いいえそうじゃないの、と。あなたと一緒だと、何気ない朝でもいとおしく思えてしまうの、だなんて。あんまりにもしあわせそうに笑うものだから思わず指を絡め、くちびるを重ねていた。  数瞬の後、わずかに距離を空けた先に見えた彼女の頬が音を立てんばかりに真っ赤に染まる。なにか言おうとしたのか口を開いて、だけど言葉にならずもう一度閉じて。  禁止令を出すわ、と。 「もう解いてくれたっていいじゃないですか」 「だめ」 「どうして」  キスしてはだめ。そう告げられてから昼が過ぎ陽が暮れ、気付けば日付が変わろうというのに、彼女はまだ許しをくれない。おやすみのキスをしなければ眠れないのを知っているくせに、吐息さえ交わることがなかった。なぜ、と。今日一日で何度も繰り返した問いを投げてみても、肩を竦めるばかりでヒントさえくれない。  たしかに外でいきなり口づけを送ったことは悪いと思っているけど、早朝だからか周囲には雛にえさをあげる親鳥しかいなかった。誰かに見られていたわけでもないのにどうしてあんなに真っ赤になってしまったんだろう。  あともう少しで短針が頂点を過ぎてしまう。我慢も眠気も限界が訪れたいまこそ、強硬手段に出なければ。 「キャロル、」  素早く手首を取り、ぐいと引き寄せる。きっと痕が残ってしまうことを申し訳なく思いつつも、バランスを崩したキャロルを胸に抱き留め背に腕を回す。そうすればもう、逃げられはしないはず。  ば、と。彼女が顔を上げる瞬間を見計らってくちびるを落とせば、狙った通り、朝振りの感触がくちびるに伝わってきた。逃れようとするそれから離れたくなくて、腕に力をこめる。舌でぐるりとくちびるをなぞって、そうしてきっと無意識に開いた口内に滑り込んで。これは全部、彼女から学んだこと。  舌先が触れる、ひくりと震えたそれに構わず絡め取り動きを強要する。  口の端から洩れた悲鳴にも似た吐息は、限界であることを示していた。  ふ、と。ほんの少し距離を置いて、彼女の眸を見つめる。ちょうど同じタイミングで持ち上がった視線が合わさって、瞬間、ぼ、と。今度こそ、色の上る音がした。  声にもできずただ悔しそうにくちびるを引き結ぶ姿になんだか見覚えがありすぎて。そのまま次の言葉を待っていると、ようやく音を取り戻したキャロルが、だからしたくなかったのよ、と。 「だってキスするたび、あなたを好きになってしまうんだもの…!」 「………え、と」  返す言葉が、見つからなかった。微笑む彼女に心を奪われるのはいつだってわたしばかりだと思っていたのに、まさか彼女もわたしへの想いを強めてくれていただなんて。  しばらくただ見つめ合っていれば、そのうち、き、と睨み据えてきたキャロルの両手が頬に伸びて。挟まれたかと思えば、体当たりよろしくくちびるが重ねられた。勢いが良すぎたせいか身体が傾ぎ、ふたりしてシーツに倒れ込む。  ふとくちびるを解放したキャロルは、わたしを見下ろしたまま眸に欲を灯した。 「だから。今度はわたしを好きになってもらうわよ、──テレーズ・べリヴェット?」  ぼ、と。今度の音は、わたしの頬から。 (だってもう十分好きになってるっているのに)
 Cはキスされ慣れてないといい。  2016.5.24