拝啓、いとおしい人。
『はじめてあなたの手が触れた日を覚えています。
両肩から広がる熱が、ともすれば全身に巡って中からわたしをとかしていくんじゃないかと錯覚するほどに。
とけてしまえばいいと、あなたに抱いた想いの色を知らなかったころのわたしはただひたすらに願っていました。自分自身にさえ理解できない感情を向けていることに気付いたらきっと、あなたはもう、わたしに触れてくれなくなる気がして。
こわかったんです、臆病者なんです、あなたに対しては、格別に』
『はじめてあなたの手に触れた日を覚えています。
ようやく考え付いたクリスマスプレゼントを、まるで宝物を見つけた子供みたいに喜んで受け取ってくれたあなたの表情を余さず記憶していたくて、ふ、と。重ねた指は、あんなにも熱を持っていたことを教えてくれました。
この指先から、もしかすると秘めているなにもかもが伝わってしまうかもしれない。わたしがどうしてあれほどまでプレゼント選びに時間がかかったのか、どうしてあなたの車の助手席を求めたのか、どうして、手を離してしまったのか、そのすべてが。
ゆるやかに口の端を綻ばせたあなたには、わたしがひた隠しにしているそのなにもかもが見透かされている気もするけど。
それでもわたしは、隠さなければならないと。きっとあなたの重荷になってしまうと。だからただ、フィルムの中に想いごと閉じ込めました』
『はじめてあなたのくちびるが触れた日を覚えています。
まるで合わさることを前提に作られたようにしっくりと重なった気がしたのは、なにもわたしだけではなかったんじゃないかと。あのとき、あの瞬間、わたしを映したあなたの眸に、そんな期待を抱いていました。
はじめて味わうあなたのくちびるは、いつか触れた手のひらよりももっと熱を孕んでいました。その熱の要因がどうかわたしでありますように。冷静さを欠いて忍び込んでくる指も、素肌に落とされる口づけも、身体を撫でていく金糸の髪も。全部全部、わたしと同じ想いの表れでありますように、だなんて。
しあわせであふれた朝も、わたしはそう祈っていました』
『わたしはいつからこんなにも、臆病になってしまったんでしょう。こんなにも、恐れてしまうようになってしまったんでしょうか。
尋ねずとも、答えはわかりきっていました。あなたと出逢ったから。あなたに本当の愛を教えてもらったと同時に、恐怖さえ、知ってしまったんです。そうして怯えるあまり、大切な言葉にさえもふたをして、胸の奥底に閉じ込めて。
だけどわたしはもう、恐れません。なによりも伝えることが大事だと知ったから、あなたが想いをこぼしてくれたから。だから今度は、わたしの番。
ねえ、キャロル、わたしはあなたのことを──』
「…どうしてここで止めてしまったのかしら、テレーズ・ベリヴェット?」
便箋から顔を上げ、両手で顔を覆ってしまっているその人の名を呼ぶ。隠しているつもりかもしれないけれど、その小さな手では、これでもかと真っ赤に染まった頬を包めるはずもないのに。
小首を傾げ悪戯に見つめればようやく、指の隙間からちろり、深緑の眸が姿を現す。
「…やっぱり、直接伝えなくちゃと、思って」
たどたどしくも洩れた言葉に自然、微笑みが浮かぶ。それにしたって、何枚にも渡って書き綴られた手紙をくしゃくしゃにして捨てることはなかったのに。きっと頭を悩ましながらも、一語一句、丁寧に記してくれている姿がありありと想像できる。彼女が嫌がるかもしれないから、あとでこっそり仕舞っておこう。
わたしの思惑も知らず、そろりそろりと手を下ろした彼女は、けれど指先をもぞもぞ弄り視線を泳がせ。やがて決心したみたいにひたと、見据えてくる。
「キャロル、」
その声に、音に、一体どれだけ心をかき乱されたかなんて、きっと想像してもいないのでしょうね、あなたは。
「──あいして、います。いままでも、これからも」
はじめて彼女から囁かれた言葉は恐らく、あの夜の答え。あいしているわと、去り行こうとするテレーズへ向けたそれへの返事だった。
そ、と。指先を触れ合わせる。熱を持っているのはわたしか、それともあなたの方なのか。どちらでも関係なかった、だってきっと、ふたりともが向け合っているものだろうから。
ちらと、窺ってきた彼女の眸は少し、不安に揺れている。そんな彼女に、笑みとともに落とすのはくちびる。
「わたしもよ、テレーズ、──あいしているわ」
触れ合ったそれは、いつかと同じ体温だった。
(追伸、わたしはちゃんと、愛を伝えられましたか)
某様のお誕生日に。
2016.6.25