三回唱えたかったわ、わたしだって。
その情報をラジオが伝えたのは、テレーズが作ってくれたディナーをきれいに食べ終えた後のことだった。
「星が降るんですって、キャロル」
声につられて視線を上げる。ちょうど振り向いたテレーズが、眸をきらきらと輝かせていた。隠しきれない期待のこもった深緑の眸に微笑みを一つ。
「もう少し待っていてちょうだい、あと一枚だから」
泡の残った皿を手早く洗い流し、エプロンの裾で水滴を拭う。
最初こそお利口に待っていたものの、そのうち焦れた彼女は部屋の明かりを消してしまった。
「なにも見えないわ」
「わたしには見えているから大丈夫です」
まだ闇に慣れていないわたしの目の代わりに、聴覚ばかりが役目を果たす。
ぱたぱた、危なげない足音が近付いて。ぬくもりが指をさらっていく。こっちですよと促す声に合わせて足を一歩、二歩。手を引くのはわたしの役目だったのにと、ぼんやり思ったのはそんなこと。
薄く光の差すカーテンを引いて、ふたりしてベランダに出る。人家の明かりがいつもより少ないのは、わたしたちと同じように各々空を見上げているからだろうか。
ふ、と。つないだままだった指が握りしめられる。隣を窺えば、またたきも忘れただ一心に空を見つめていて。
その視線を辿る。
「──わ、ぁ…っ」
テレーズが洩らした感嘆は、わたしの心もそのまま表していた。
降っていたのだ、星が、夜空を横切るように。本来あるべき場所を離れ、どこか遠くを目指しているみたいに軌道を描いて。幾千も流れていくそれにただ、息を呑む。
「ねえ、キャロル。あなたはなにをお願いしました?」
「そういうあなたは、一体なにを願ったのかしら」
「わたしは、」
ひたすら空ばかりを見上げていた視線が返ってくる。まっすぐな眸はいつだって、わたしを映していて。
「──あなたともう少しだけ、一緒にいられますようにって」
想いはいつだって、ひたむきで。
またたきを一つ、二つ、動揺を悟られたくなくて手を引いたのに、彼女はそれを許してくれない。離れられないいま、どうかこの鼓動が伝わってしまいませんようにと祈るばかりで。
「…あんな短い間に三回も繰り返せたの?」
「ええ、ちゃんと」
「うそばっかり」
「うそじゃないです」
途端にふてくされて頬をふくらませる彼女に笑んでみせる。この暗闇だ、きっとうまくなくたって分かりはしないはず。
言い募ろうとする隙を突いて、そ、と。指を離した。ぬくもりを失った指先が夜風を受けてひどく冷たい。もっときちんと拭っていればよかった。
「…そろそろ戻りましょう、風邪を引いてしまうわ」
眸に収まってしまいたくなくて、ベランダを抜け出す。
壁にかかった時計は、彼女がこの部屋を後にするまでのカウントダウンを刻んでいた。
(どうか、どうか今夜は帰ってしまわないで、だなんて)
あと三日。ひどく臆病になってしまったC。
2016.8.23