そうしてわたしたちは零にかえる。
背中が触れる、ただそれだけで、大仰に跳ねて。
「眠れないの?」
「キャロルこそ」
彼女のぬくもりがほしいだけだった、最初は本当にそれだけだった。ゆっくりでいい、一日を重ねるごとでいいから、彼女との距離を縮めていきたい。だから、求めていたあたたかさが額に降ってきただけで満足していたのに。
もぞり、背後で寝返りを打つ気配。キャロルの息遣いが、鼓動までもが、伝わってくるようで。
もっと、と。願ってしまう。もっと近くに、もっと傍に、もっと隣に。その細い指を絡め取って、しなやかな身体を引き寄せて、やわらかなくちびるを重ね合わせたいと。たとえばウォータールーで感じたたしかな繋がりをもう一度と、祈ってしまう。
またたきを、一つ。一瞬訪れた暗闇に、呼吸を落ち着かせて。
なるべく自然を装ってくるりと身体の向きを変えれば、夜に慣れた目が見知った髪色を捉えて。せっかく息を整えた意味をなくしてしまった。
同じように向きを変えていたキャロルがまたたく、一つ、二つ、三つ目を終えるころにはどこかおかしそうに微笑みを浮かべていた。まるで少女みたいな笑い声が転がっていくのにつられて、頬がゆるんでいく、緊張なんてどこかへ飛んでいってしまっていた。
「ねえ、テレーズ」
「なんですか、キャロル」
「どうやら怖がりすぎていたみたいなの、わたし」
「わたしもですよ」
そ、と。指を伸ばせば、今度はキャロルの方から掴んで、引き寄せてくれた。指先から伝わるぬくもりに心地よさが広がっていく。
結局は恐れていただけなのかもしれない、またひとりきりになってしまうことを。近付けばその分、離れてしまうと思っていたから。あの日のような喪失感を味わうのはもう、嫌だから。
だけれどもう、どれだけ距離を縮めても心が離れることはないのだと。組み合わせた指に、確信を覚える。わたしたちはまたこうして、繋ぐことができるのだから。
自然、身体を寄せて。
そうして触れたころには、くちびるとの距離はゼロになっていた。
随分と久しぶりに重ねたというのに、まるでこうすることが当然のようにしっくりと当てはまって。ふと、離れる、目の前のやわらかなくちびるが優しく笑みのかたちを取る。
腕を背中に回し、ぎゅうと抱き付く。横になる前に顔をうずめた枕と同じだけれど、より安心する香り。これを求めていたのだ、わたしは、ずっと。彼女の香りを、感触を、ぬくもりを。
「ねえ、キャロル」
「なあに、テレーズ」
「─…あいしています」
「──わたしもよ」
(わたしたちの永遠の夜明けはすぐ、そこに)
CAROLスペシャルエディション発売おめでとうございます。
2016.8.26