おこさまはウェルダンがお好き。

 ぽこ、ぽこ。ようやく音を立て始めた鍋からは、コーンスープのいいにおいがした。混ぜるキャロルの向きに合わせて黄金色の水面が渦を巻く、ゆるゆると。息継ぎするみたいに顔を覗かせたコーンたちはどれも、食欲をそそる色に染まっていて。 「もういい?」 「だぁめ」  半ば諦めつつも何度目かの伺いを立ててみれば思った通り、これまた何度目かの拒絶が返ってくる。  キッチンカウンターに片頬をくっつけたまま見上げてみれば、当の彼女は微笑んでさえみせた。へそを曲げているわたしからすればその表情は、ひどく意地悪く映った。いいえ、そう見えたんじゃなくきっと、楽しんでいるに違いないわ。拗ねるわたしを手のひらの上でころころ転がして面白がっているのよ、絶対。  その手には乗ってやるものかと顔を背けるも、すでに手遅れな気がしてならない。その証拠に後ろからくすくすと、おかしそうに上がる声が聞こえるのだから。  キャロルの手料理は好きだ。  振舞ってくれるそのどれもこれもが舌に合うから、というのももちろんなのだけれど。一番の理由は、わたしのためだけに作ってくれるから。わたしのことだけを想って、丹精を込めてくれるから。そんな料理がおいしくないはずがない。愛情は最高のスパイス、なんてまやかしを信じてしまうくらいには、彼女の料理は絶品だから。  いまだってそう、拗ねていたってふくれていたって、おなかは正直で。においを嗅ぎ付けた身体に抗えず、結局視線を戻してしまった。  鍋の火を切ったキャロルは、今度は大きなフライパンを取り出していたところだった。冷蔵庫に入れていたはずの牛肉が、いつの間にやらキッチンに並んでいる。  いつもよりも随分と大きなそれは、この間のセールで手に入れたものだった。それでもやっぱり一日の食費はオーバーしていたのだけれど、わたしの記事が新聞に載った記念にと、彼女が奮発してくれたのだ。  脂の乗ったお肉がおいしくないはずがない、絶対においしいに決まっている。数十分後に味わえるであろうそれを想像するだけで、口の中がじゅわっと急いた。  だけれど、けれども。お肉よりもコーンスープよりも先にたべたいものがある。なによりも欲しているものが、目の前にあるのだ。 「もういい?」 「だぁめ」  牛肉のラップを取り除いたキャロルはやっぱり、淀みのない返事。けれど少しだけ、拒絶が薄れた気がして。  十分に熱したフライパンを前にして、ふと。手を止めた彼女が視線を投げかけてくる、ともすれば意地の悪い子供みたいに眸を細めて。 「あなたはどの焼き加減が好きなのかしら」  牛肉が落とされていく、油の弾ける音がして、おなかの虫を刺激するいいにおいが充満して。  けれどそれよりも、目の前にようやく差し出されたメインディッシュの方がわたしにとってはうんと大事で。 「…もう、いい?」 「──いいわよ、テレーズ」  お許しの言葉を耳にするよりも早く、そのくちびるを奪い去る。やわらかなそれは、いままで口にしてきたどんなものよりもおいしい気がした。 (お肉が焼き上がるまでは、わたしのひとり占め)
 おにくがたべたくなりました。  2016.12.13