だから早く帰ってきますね、
思えば朝から機嫌が悪かった。
朝に弱い彼女が、不機嫌な表情を隠そうともせず起きてくることはよくあるけれど、それが一日中続くのも珍しい。どうしたのと理由を尋ねてみても、別にどうもしていないわとそればかり。もう幾日も共に過ごしてきたのだから、どうもしていない態度でないことくらい、わたしにだってわかるのに。
そうして原因も教えてもらえないまま、遂に太陽が姿を隠そうとしてしまっていた。
会長主催のパーティーに参加しなければならないため、今晩はキャロルと一緒にいることができない。
キャロルの機嫌は良くなるどころかますます悪くなっているので、もしかするとこれが原因なのかもしれないと、気付いたのは身支度を終えたちょうどその時。
「ねえ、キャロル」
「なあに」
「もしかして、わたしが家を空けるから怒ってる?」
「…そうじゃないのよ、テレーズ」
当たらずとも遠からず、といったところか。困ったように眉をひそめたキャロルは、けれど首を振る、違うのだと。わたしにはそれ以外の理由を思い付くことができなくて、上着を羽織る、今夜は冷えそうだ。
ふ、と。唐突に腕を掴んできた彼女が手を引く。さらされた手首に触れたぬくもりがじわりじわりと全身へと広がっていき、思わず身体を震わせた、だって今日はじめての触れ合いだったから。
まずそっと、戯れのように。次はやわらかく、そうして強く押し付けて。覗いた舌が浮き出た血管をなぞって、痺れが、走る。最後にきつく吸い上げ、離れていく。もちろん痕は残らなかったけれど、まるで所有印でもつけられたような気がした。
顔を上げた彼女はわずかに頬をふくらませる、子供みたいに。
「─…わたし以外の人に、目移りしないでちょうだいね」
恨みがましい眸に、ぷくりとふくらんだ頬に、ようやく合点がいった。つまりは軽いやきもち、なのだろう。わたしがキャロル以外の誰かに心を移すのではないかとか、誰かに言い寄られてしまうのではないかとか、そんな風に。
ゆるんでいく頬が止められない、見咎められたら余計拗ねさせてしまうことはわかっているのに、どうしたって嬉しくて。
「そんなこと、あるわけないじゃない」
不満の原因をわざわざ探すのも、触れてほしいと思うのも、こうして心を弾ませてくれるのも全部、あなただけなのだから。
不思議そうに首を傾げるかわいいその人のあごに触れ、やさしく引き寄せ口づけを交わす。
「──だって、キャロル以外見えてませんから、わたし」
(あなた以外が見えるわけがないから)
結局いつも通りいちゃついてるだけ。
2016.12.30