Long time no see!
(中の人のお話)
ケイト・ブランシェットがL.A.を訪れている──そんな一報を伝えてくれたのはネットのニュースだった。どうやら撮影でもイベントでもなくただ個人的に足を運んでいるみたいで、記事にはいつものサングラスをかけタクシーを拾うその人の写真が掲載されていた。
彼女がわたしと同じこの地にいる、ただそれだけのことなのに、朝からそわそわと落ち着きを無くしてしまっていた。
もしかするとタクシーを飛ばせばすぐの距離に泊まっているかもしれない、久しく見ていない彼女を一目眸に映せるかもしれない、そうして可能であれば対面して会話できるかもしれない。そんな期待に急かされ携帯電話を手に取ったもののすぐ、勢いが萎れていってしまった。
いつもは――用事がなんであれここへ来た時はいつも、誰よりも先に連絡をくれていたのに。埋め尽くされたスケジュールをわたしのためだけに空けてくれていたのに。そんな彼女からメールの一つもないということはきっと、顔を合わせたくないというわけで。
それもそうだ、毎度わたしと会う義理はないのだし、彼女にとってわたしが一等特別というわけでもないのだから。わかっている、わかってはいるのだけれど、心はなかなか納得してくれなくて。
ふう、と。ため息にも似た息をつく。
身動き一つしない携帯電話を机に戻そうとして、突如、ぶるりと忙しなく震え始めた。突然のことに思わず取り落としそうになったそれをなんとか掴み直し、画面の表示を見てまた、床に転がしてしまいそうになって。
『ハァイ、ダーリン!』
慌てて通話ボタンを押せば、つい今しがた思い浮かべていたその人の軽やかな声が、スピーカーから響いた。なにもかも見透かされていたかのようなタイミングに言葉を返せないでいるわたしを気に留める様子もなく、彼女は続ける。
『ねえルーニー、あなたいま、外出中かしら』
『い、いいえ、自分の部屋です』
『よかった! じゃあちょっとベランダに出てちょうだい』
なにがよかったのだろう、どうして突然電話をかけてくれたのだろう。そんな疑問も口にできなくてとりあえず、促されるまま窓を開け、ベランダに踏み入る。
下よ下、なんて、携帯電話の向こう側の声に引っ張られて階下を見れば、こちらへ向かって大きく手を振る人影が見えた。遠く離れているけれど、あのサングラス姿を見間違うはずがない、だってその人は、
「ルーニー!」
名前が。彼女にしか生み出せない音が空に響いて、遅れて耳に当てたスピーカーから聞こえてくる。
考える間もなく駆け出していた。靴を履くのも億劫だったもののなんとかサンダルを引っ掛け、エレベーターを待てなくて階段を一足飛びに下っていく。早く、はやく会いたいと足が、身体が、心が走って。
そうして息を切らせてマンションのエントランスを飛び出せば、サングラスを外した彼女が大股に近付いてきた。
「ケイ、ト、」
「久しぶり、ルーニー!」
「わ、わっ」
がばり、随分と背の高い彼女に抱きすくめられてしまえばそれ以上身動きが取れるはずもなくとりあえず、控えめに抱きしめ返す。やたらぎゅうぎゅう抱き付いてくる彼女は、それまで陽の下にいたからか、体温が高いような気がした。
彼女がいつもまとっている香水が鼻をくすぐっていく。懐かしさに潤みそうになった眸をなんとか抑え、どうして、と。
「どうして、ここへ」
「だってあなたに会いたかったんですもの」
ようやく疑問をぶつけてみれば、拘束を解いた彼女は至極簡潔な答えを返してきた。本当はL.A.に来ていることも内緒にしたかったんだけどと、悪戯っ子みたいな表情まで浮かべてみせて。きっと当の本人もあのニュースを見かけたのだろう。
パパラッチは撒いてきたから安心してちょうだい、と。投げかけられたウインクにまた、鼓動が落ち着きを無くす。それでなくても彼女の傍にいる時のわたしはいつも、平常でいられるはずもないのだけれど。
「それで、あなたは?」
深緑の眸がわたしを映す、随分と久しぶりに。返答なんてわかりきっているくせにそれでも、わたし自身の言葉を待って。
わたしは、なんて。返す言葉はとうに、決まっていた。
「わたしも、──わたしも、会いたかったです、ケイトに」
深緑色が細められ、目尻に皺が刻まれる。わたしの大好きな表情。
感情の走るままに踵を上げ抱き付けば、やわらかなくちびるが頬に降ってきた。
(どれだけわたしが抱きしめられたかったかもきっと、あなたは知っているんでしょうね)
ちょこちょこ会ってそう。
2017.6.6