ずるいのは、あなた。

「ずるいと思うんです」  わたしをぎゅうと抱きしめたその人は、頬をこれでもかとふくらませそんな文句を落とした。 「誰が」 「キャロルが」 「わたしのなにがずるいっていうのよ、テレーズ」  ずるい、なんて言われても、思い当たる節がなに一つ──いいえそれは嘘だけれど。それでも彼女がこんなにも子供染みた仕草を浮かべるほどのことには思い至らない。あどけない彼女の寝顔を撮影したことを指しているのか、お風呂に無理に一緒に入ったことか、それらにもうと憤慨する彼女がかわいらしくて怒られている最中もつい微笑んでしまっていたことか。  浮かばない、なんてのも嘘。テレーズがふくれる理由は両手でも足りないほど。  それなら一体どれを指しているのか、それとも全部に怒っているのか。わからなくて首を傾げてみれば、ぷいと顔を背けてしまって。 「…だって、いつだってわたしを、どきどきさせちゃうから」  曰く、信号待ちの合間にそっと口づけを送るのはずるいだとか。曰く、自然と手を絡めてくるのもずるいだとか。曰く、事あるごとにかわいいなんて言ってくるのもずるい、云々。  別にテレーズの鼓動を忙しなくさせようと意図的にしていたわけではないけれど、それでも頬をこれでもかと染めながら理由をぽつぽつと挙げてくれる様子がかわいらしくて。無意識下にそれらの行動を取っていた過去の自分を褒めてあげたくなった。  なんて。そんなことを言おうものなら今夜は口を利いてくれなくなりそうだけれど。 「それなら、テレーズだってずるいじゃない」 「わたしはずるくありません」  心外だとばかりに顔を向けてきた頬を包み込む。  だってそうじゃない。日中はわたしに翻弄されてばかりらしい彼女はけれど陽が落ちると同時に成りを潜め、見たこともない女性の顔が現れる。妖艶にも見えるその表情にいつだってわたしの鼓動は高鳴り、その指先に暴かれるまま、身を委ねてしまう。  まだ身体の奥底に燻っている熱をくちびるで伝える。きょとんと眸を丸めた彼女はそうして嬉しそうに口角を上げる、ほら、その表情のことを言っているのよ。  わたしと手を重ねて、指を絡めて。 「─…やっぱりずるいのは、テレーズ、あなたよ」  わたしの言葉に、けれど彼女はくすくすと笑みをこぼした。 (そうして明日もあなたはずるいと、頬をふくらますのでしょうね)
 お互いがお互いにどきどきしてたらいい。  2017.9.5