あなただっていずれきっと、
その感情を覚えたのは、随分と久しぶりだった。
怒りにも似た熱がかあ、と背中を駆け下りていく。見たくもない光景だというのに、視線を外すことも顔を背けることもできない。
視線の先には、見知らぬ男性に微笑むテレーズの姿。わたしに向けるものと同じ上目遣いで、時折ころころと邪気のない笑顔を転がして。
来るんじゃなかった、だなんて、後の祭りもいいところ。
仕事の用事でたまたまタイムズの近くを通りかかったから、ランチでも一緒にと足を運んでみればこの場面に遭遇してしまったのだ。
往来の中、身を寄せ話に花を咲かせる様子は、ともすれば仲の良いカップルにも見えて、
そんなの、耐えられるわけがないじゃない。
かつかつと、靴音を荒げ距離を詰めていく。
ようやくわたしの存在に気付いたテレーズが驚きに目を丸めた。その口がなにか言いかける前に、細い手首を掴む。
「失礼。彼女に用事があるの」
自分でも嫌味なほど綺麗な笑みを浮かべていたことだろう。
テレーズと同じく呆気に取られた風の青年を残し、強引に連れ去っていく。キャロル、と。人波に逆らっている後ろで、戸惑いをにじませた彼女の声が聞こえる。
足をもつれさせながらそれでも懸命に呼びかけてくる彼女にいつもなら、ごめんなさいとすぐさま立ち止まるところなのだけれど、いまはそんな余裕なんてどこにもなかった。
路地裏に入り込んだ途端、陽の光がビルに遮られ、視界の明るさを奪っていく。
それでも更に奥まで足を進め、行き着いたダストボックスの陰にテレーズを押し込んだ。
「っ、キャロル、なにを怒って、」
「黙りなさい」
くちびるを、自身のそれで無理に塞ぐ。
まったく甘さを含んでいない口づけに、彼女がわたしの胸元で手をかたく握りしめて、けれど突き放すような素振りは見せなくて。
舌で割り入り、彼女のそれを奪い去る、あるいは呼吸さえ掠め取ってしまえたらと。
嫉妬というより、喪失感に、似ていた。
わたしの知らない側面があるのは当然なのに、わたしが彼女のすべてではないというのに。わたしの知らない誰かと、わたしの知らない話をしている様子はひどく、別人に見えて。テレーズがわたしの手を離れていってしまうような気がして。
くちびるを離した瞬間、彼女が大きく咳き込む。
苦しそうに目尻に涙さえ浮かべながら、けれどわたしの表情を見てぎゅ、と腕を回してきた。
「キャロル、」
こぼされる名前はひどくやさしい。
「ずっとあなたの傍にいるから。不安にならなくても大丈夫だから」
「─…テレーズ、」
きっと心からの言葉なのであろうそれにけれど、安らぎが与えられることはなくて。
だってとうの昔に、わたしのすべてはあなたになっていたから。
(あなたを失ってしまったら、なんて、考えただけでも震えてしまいそうで、)
しょっちゅう嫉妬してるといい。
2017.10.24