だってあなたが世界をくれたから、

 ピントを合わせ、シャッターを切る。単純な作業であるはずなのにこんなにも心躍るわたしはやっぱり、写真を撮ることが好きなのだと思う。風に葉を揺らす木々や、羽をはためかせる小鳥、ベンチで船をこぐ老人、薄着で元気に駆け回る子供たち。心に留まったその一瞬一瞬を写真として切り取っていく。  小鳥が声を上げる、ちちちいと、羽を広げ身体を浮かすその瞬間をフィルムに収める。 「なにを撮っているのかしら」 「鳥を。…すみません、せっかくの休日に付き合わせてしまって」  カメラを下げて振り向けば、すぐ隣に佇んでいたキャロルが、わたしがさっきまで捉えていた枝の先を見つめて目を細めていた。薄く笑みさえ浮かんだ口元に、機嫌は損ねていないようだと安堵の息を一つ。 「撮るのは楽しい?」  視線を交わさず返された疑問に微笑みを持って答える、はい、と。景色を、動物を、人を。息づいているものたちの瞬間を収める行為が、わたしがたしかにそこに存在しているのだと証明してくれているようで。こうしていればなにもかもに触れられるような気がして。  両の親指と人差し指を直角に、まるでキャンバスに映し込もうとする画家みたいに、手で四角を作って景色を切り取ろうとしていた。いつもの黒い革手袋を外しているから、すらりと伸びた指がまぶしい。  肘を目いっぱい伸ばしていたかと思えば顔のすぐ前に掲げて、くるり、真正面から見据えられた。まるでウインクするみたいに片目を閉じて、もう片方にわたしを映す。灰がかった眸にとけたわたしは恥ずかしそうに笑っているように見えた。 「─…あなたから見た世界はきっと、美しいのでしょうね」  ともすれば羨むみたいに。  この人は知らない、あなたがいるから美しいのだと。彼女と出逢う前のわたしの世界はなんの面白みもなかったというのに、彼女と言葉を交わしたとき、デパートで初めて視線を触れ合わせたあの瞬間から、見るものすべてが色付いたことを。彼女を中心に、わたしの世界が花開いていることを。  ねえ、と。手を下ろしたキャロルは呼びかけた、最初に出逢ったあの日によく似た表情で。 「わたしは撮ってくれないのかしら」 「もう随分と撮らせてもらいましたから」 「あら、いつの間に」 「あなたがわたしの夢を見ている間に」 「悪趣味ね」  見事に一蹴しながらも隠した口元がどうしようもなく笑んでいることを、わたしは知っている。  カメラを構えて覗き込めば、途端に世界は彼女だけになった。わたしの世界を創造した、女神さまひとりに。他のなにかを映しているときよりも高鳴る鼓動に息を一つ、 「まだ、撮り足りないけれど」  あでやかに笑う女神をカメラに閉じ込めた。 (つまりはあなたがいなければわたしは存在さえできないということ)
 それぞれがそれぞれの世界に焦がれている。  2016.3.6