あいしているのはただひとりだけ。
「あなたの眸には誰が映っているのかしら」
鼓動が、跳ねた。
心を見透かされたかのようなその言葉に思わず見つめ返してみても、目の前の軽く笑んでさえみせる眸がなにを考えているのかまるでわからない。なにか返さなければいけないことだけはわかっているけれど、そのなにかが浮かばずただ、息を吸い込んで。
近付けたくちびるを押し留められる、人差し指で。アイスグレーの眸は揺らがない。
「誰かを重ねて抱かれるのはいやよ」
「…あなたを、思い出していました」
人差し指に触れる、その先が震えているように感じたのは気のせいだろうか。
はじめて彼女と身体を重ねた夜を覚えている。彼女から送られたやわらかな口づけを、身体を辿る熱い指先を、こぼれるように落ちた言葉を、忘れられるわけがなかった。あの瞬間、彼女が想っていたのはただ目の前にいたわたしだけだったと、自惚れでもなくたしかにそう感じることができた。
だからこそ恐れてしまう、果たしてあの夜と同じ気持ちで共に過ごしてくれているのか、わたしだけを想ってくれているのか、そればかり。いまを見つめるのがこわくて過去に逃げた、わたしをあいしてくれているはずの彼女を重ねていたのだ。
口にさせてしまった不甲斐なさに胸が締め付けられていく。ごめんなさいと、こぼした謝罪はけれどひどく不釣合いな気がした。
「こわいの。いまのあなたの心を知ることが、とても」
「─…わたしも、ね、こわいのよ」
逆にすくい取られた指を絡めて、口元に運んだ彼女は軽い音を立てて口づけた。こわいのだと、どこか子供みたいにささやくキャロルは眸を閉ざす。
夢を見たのだと、彼女は呟いた、まるで天使みたいに羽を生やしたわたしの夢を。その羽が飛び立てるまでに成長したとき、果たしてわたしがこの場所に留まっているのだろうかと。この腕からいつか飛び立ってしまうことを恐れているのだと。突拍子もない話だと笑い飛ばすことは、わたしにはできなかった、だってこんなにもまっすぐに見つめられているから。
わたしから距離を置くことは決してないのだと。もう二度と、彼女を離すなんてことはないのだと。言い募ってもきっと、信じてはくれないのだろうけれど。変わらない想いなんてあるはずがないの、だなんて悲しく微笑んでしまうのだ、キャロルという人は。
空いた片手で頬を包めば、すり寄るみたいに顔を近付けてくる、その仕草一つ、閉ざしたそのまぶたでさえ、いとおしいのに。
「…そうね、変わってしまいました」
いま目の前で眸を明かした彼女自身を映していたくて、額を重ねた。
「─…前よりもっと、あいしてしまったの」
(あなたにどんどん、惹かれていくの)
知れば知るほど、隣にいればいるほど、惹かれていく彼女たちにどうかしあわせを。
2016.3.6