道を閉ざしたのは誰でもなくあなただというのに。

 越えてしまったのはいつのことだっただろうか、それさえ思い出せないほどに夜を重ねてきてしまった、憎むべきこの娘と。  思考を追いやっていることに気付いたのかそうではないのか、まるで意識を集中させろと言わんばかりに鎖骨に歯を立てられる、瞬間、鋭い痛みが走って、足の先まで痺れが広がっていった。折角消えかけていた痕もきっと元に戻ってしまったことだろう。季節が移り変わろうというのに、一体いつまで暑苦しい服を身に着けていなければならないのか。  おもむろに顔を上げた少女の琥珀色の眸が、月明かりを受けて妖しく光を帯びる。宵闇に浮かぶ灰かぶりの娘は昼間とはまるで別人のようだった、まるで魔法でもかけられているみたいに。  くちびるを一舐め、紅を塗っているわけでもないのに染まったそれがふと、距離を詰めてきた。琥珀色に魅入られたまま動かない両腕をなんとか持ち上げて、やわらかなくちびるを押し止める。何故、とでも問うように見開かれた眸に映る私は普段の強気なそれではなく、目を疑うほど大人しく組み敷かれていて。そんな自分を見ていたくなくて視線を外した。 「なん、で、」  落ちた言葉に色など含まれていない。 「こんな時でさえ、愛情をもらってはいけないと言うのですか」  ただただ絶望にまみれたその言葉を、音を聴くのは何度目か、指を折ってみても足りないくらい。  虐げる以外のことをしてこなかった私からの愛情を、何故だかこの娘は欲しがっていた。小さな子供みたいにねだってくるくせにその実、私など見ていないくせに。いつも纏わりついている本当の母の影を重ねてさえいないくせに。だから肌を重ねることは許しても、くちびるを合わせることは拒んできた。私を見ようともしない灰かぶりにあげる愛情など持ち合わせていないから。 「わたしはただ、あなたの娘になりたいだけなのに」  本当の娘として扱ってもらいたいだけなのに、なんて。なんて白々しい言葉。娘がどうして母の肌を、くちびるを、その全てを求めようとするのか。分からない、私には何も、この娘が欲しているものでさえも。  手首を取られ、シーツに縫い付けられる。のどを震わせていながらもゼロ距離にある琥珀色は雫を湛えようともしない、ただただ、私ではない影を見つめるばかりで。 「──あいしてよ…っ、」  くちびるが重なったのは、それが初めてだった。 (私たちはとっくに母娘の境界を越えてしまっているというのに)
 愛を欲しがる反抗期エラと母になれない継母。  2015.5.19