たとえば遠い昔に見送った母のようで、

 手のひらに収まったそれと彼女の顔とを思わず二度見、三度見。それほどわたしにとって信じられないことが起こったというわけで。 「あの…、これは」  いつもなら禁じられている質問でさえ口から飛び出す始末。彼女はわたしからの質問を嫌う。なぜ、どうして、そんな疑問を抱く前にまず手を動かしなさいとは彼女の言だ。  思った通り、あからさまに顔をしかめた彼女はぞんざいに手を振る、そんなことはどうでもいいとでも言わんばかりに。 「週末に伯爵夫人がいらっしゃるでしょう?」 「それは知ってますけど、なんで、」 「あなたにも会いたいだなんて仰っていたからよ、そんな汚い成りで人前に出すわけにはいかないの」  召使いを見たいだなんて変わった趣味をお持ちね、と。吐き捨てられた言葉は右から左へあっという間に通り抜けていった。  伯爵夫人とは、首都に豪邸を構えている人柄の良い女性のことだ。父も母もまだ元気だったころ、何度かお会いしたことがある。親切な夫人のことだ、父が亡くなったのを聞き及んで訪れてくれるのだろう。そうして、わたしの顔も見たい、だなんて言ってくださったみたいで。  だからこんなにも不機嫌なんだろう、彼女はわたしを人前に出すことを嫌がっているから。  せがまれたから仕方なくだとしても、嫌々だったとしても、それでも、わたしを毛嫌いしているはずの義母からのはじめての贈り物がうれしくないわけがない。  髪留めを掲げて、光に透かしてみる。水色のそれはまるで空みたいにまぶしかった。 「ドレスは私のお古でも着ていなさい」 「ドレスもくださるんですか?」 「仕方なくよ。質問はもうやめてちょうだい」  その言葉を最後に背を向けられてしまう。話は終わりだと、わたしを拒む背中が語っていた。  髪を手早く束ね、そ、と。贈られたそれで留める。鏡がないから、残念ながら自分の姿は見えないけど、きっと光を受けてきらきら輝いているんだろう。  一体どんな想いをこめてこの髪留めを選んでくれたのか。たぶんなにも考えず、最初に目についたものを買い求めたのかもしれない。でももしかしたら、わたしに映える色を探してくれたかもしれない。どっちでもよかった、彼女がわたしのために時間を割いてくれた、その事実になによりも心躍ったから。 「マダム、」  リビングに向かおうとする彼女の足が止まる。まだなにか用、とでも言いたそうに振り返った目の前でひらり、一回転して見せた、髪を彩る空色がよく見えるように。 「―…わたしの思った通りね、」  その後に続けられた言葉を聞き取るより先に踵を返し、今度こそ部屋を出ていってしまった。  彼女がなにを呟いたのか、なにが思った通りなのか。その答えは、ほんの少しだけやわらかに持ち上げられた口角が物語っている気がして。  髪留めに触れたわたしはひとり、微笑んだ。 (一瞬、ほんの少しだけ、母からもらっていたそれと同じものを感じた気がして)
 シンデレラ日本公開一周年おめでとうございます。  2016.4.25