木洩れ日のような人
酷い頭痛と眩暈で目が覚めた。
上体を起こせば、揺すられた脳が悲鳴を上げるかのようにがんがんと鳴る。視界がくらりと歪む。
「まだ安静にしておられた方がいいですよ」
しんと響いた声は、何故だか痛みを与えることはなかった。
痛む頭を押さえちらりと横を窺えば、ベッドの脇に備えてある椅子に、見覚えのある修道衣に身を包んだ少女がいた。
ここはどこだとか、僕はどうなっただとか。尋ねたいことはあったのだが、口を開けるのも億劫に思えた。
失礼します、と一言。彼女の右手が伸び、僕の額に添えられる。小さな手の平は、額よりも僅かにあたたかいようだった。
「よかった、熱はもう下がったみたいですね」
無言の問いを汲み取ったかのようにそう言った彼女は、ふわり、微笑んだ。
そうして手が離れる。無意識に伸びた手は彼女のそれを追いかけるように漂い、何をやっているんだと自問、気付かれぬよう毛布に戻した。
だめですよ、と。微笑みから一転、子供を叱る母親のような口調に、思わず視線を下げる。
「昨日、遅くまで起きておられたでしょう」
そのせいできっと、風邪を引かれたのですわ。
「もっとお身体を大切にされないと」
同意を求めるように首を傾げてきたので、とりあえず小さく頷いておく。
体調を心配されるなど、いつ以来だろうか。覚えている限りでは、もうはるか昔のような気がする。
今までは少々体調が悪くとも表に出さないようにしてきたのだが、きっと長旅で気がゆるんでいたのだろう。
お前は、と。ようやく発した声は酷く掠れていた。
なんでしょう。膝の上で丁寧に手を揃えた彼女は、僕の顔を覗きこんできた。
「ここにいたのか、ずっと」
「先ほどまでは、みなさんもここにおられたのですが」
苦笑する少女は僕の言葉を暗に肯定していた。
曰く、あまり大人数では休まるものも休まらないというルーティの言葉で、看病を願い出たフィリア一人が残ったのだという。
「物好きだな、お前は」
「リオンさんにはいつも助けられていますから」
「恩返しだとでも言うのか」
「いいえ。この程度でお返しできるような恩ではありません」
ですから最後まで、お世話させていただきます。
まっすぐに見つめてくる薄紫に、憎まれ口を叩こうとしていたそれを思わずつぐんだ。
律儀というか頑固というか、言い張る彼女を追い払うことなど、今の僕には無理な気がしてならない。
息を、一つ。洩らしたそれは、存外苦しげにはき出される。
「もう少しお休みになっていてください」
心配するようにかけられた声に頷きで応える。再び身体を横たえると、先ほどの頭痛は少し、治まっている気がした。
今度は頬に手が触れる。乾いた汗で冷たくなった頬には心地よい温度に、ゆるりと眠気が侵食してきた。
まだ眠りたくはなかった。もう少しだけ、この体温を感じていたくて、
「少し、眠る」
目覚めるまで、傍にいろ
「はい」
僅かに弾んだ声を捉えたのが最後、意識を体温の深くに沈めた。
(小さなあたたかさに、まどろむ)
仲良しなふたりがすき。
2012.9.18