夢の続きはほんのり甘く
唐突な夢の終わりに訪れたのは、心地よい目覚めだった。
やわらかな風にさらわれたからなのか、それともあたたかい感触に誘われたのかは分からないが、随分とやさしい起床であった。
珍しく意識のはっきりとしない、まどろみの中のような心地から抜け出すより先に、つい今しがた見ていた夢を思い出そうと記憶を掘り起こす。
陽が降りそそぐ景色に、新緑を思わせる髪が、風にゆられていて。情景がふと浮かぶだけでほんのりあたたかくなるような、そんな夢。
「あ。おはようございます」
夢の続きのような、ふわりと耳に落ち着く音。
上空から降ってきた声に視線を上げれば、菫色の眸がゆうらりと細められていた。まぶしさにつ、と。目を眇めて。
風に吹かれて舞う緑が、夢で見た光景と重なった。
「…いや。どうしてお前が。なぜ僕はこんな体勢で」
ぼやけた頭に疑問が湧くが、処理できないまま不格好な形で口からこぼれる。
漠然としすぎた問いを受けて、何が楽しいのか少女はくすくすと笑みを一つ。
「リオンさんとお話していたのですが、覚えておられませんか」
「話…、どんな話だ」
「晶術についてだとか、戦闘の心得だとか、ですわ」
なんとかクリアになりつつ頭が、我ながら面白味のない話だと冷静に指摘した。
いや、別段面白い話をしたいなどと思っているわけではない。わけではないが、せめて年頃の──例えばスタンやルーティのような―少年少女たちが交わす会話ができないものだろうか。
そんな真面目くさった話でも、この女は感心しきりで聞くのだろうが。
世間一般的でありたいと思うときくらい、僕にだってあるのだ。
「それから」
「そうですね…話が途切れたと思ったら、急に肩が重くなって。気付いたらリオンさんが眠っておられたんです」
「肩で、か」
「ええ。そのままでは首を痛めてしまいそうでしたので、少し、移動させてもらったのですが…」
楽しそうに事のあらましを語っていたかと思えば、不安そうに顔を曇らせる。
駄目でしたでしょうかと、問い掛けてくる菫色に首を振って否と示せば、途端ぱあと顔を輝かせた。よかった、と。表情をそのまま言葉に乗せる。
──これはまだ都合の良い夢の中なんだろうか
ふと、そんな想いが浮かんで消えた。
そうでもなければ、彼女に触れられもしない僕が、肩に寄り掛かるなどできるはずがない。
そうでもなければ、人一倍初心なこの少女が、こうも何の気なく男の頭を自身の膝に乗せられるはずがない、のに。
もっとも、自分が異性として意識されていないのであれば、話は別だが。
最後に残った考えは、何とも虚しい。
ふるりと。空を仰いだ少女がふいに、身体を震わせた。
「もうすぐ、陽が落ちてしまいますわ」
新緑の隙間から空を垣間見れば、大分傾いだ陽が最後のあがきを見せるかのように光を残していた。
おぼろな記憶が確かなら、太陽は頂点から少し外れた場所にいたはず。ならば僕はかなり長い間、眠っていたということなのだろうか。
「…風邪を引く前に、帰りませんと」
ふと、視線を向けてきて。浮かべていた笑顔が、苦笑に変わった。
その表情の意味が、僕が感じているものと同じであってほしいとひそかに願う。
起床を促そうとする手をやんわりと押しとどめ、風に誘われるようにまぶたを閉じる。大丈夫、まだこんなにもあたたかい。
頭の下の感触を今更ながら感じつつ、とどめたままの手首をそっと、握りしめた。
「僕はもう少し、眠っていたい。…お前が、よければ」
口から紡いだのは少しだけ素直な言葉。これ以上つまらない言い訳を吐き出さないよう、固く口を閉ざして。
「──はい」
同意の返事には明らかな嬉しさがにじんでいた、と思うのは、自惚れだろうか。それとも都合の良い夢の続きなのか、そんなことはどうでもいい。
ただただ、目覚めて最初に映るのがまた、新緑でありますようにと。
願ったのは子供のようなそれだった。
(現実はこんなにもやさしかっただろうか)
たぶんノイシュタットとかそこらへん。
2013.10.24