不器用な想いをこめて

「赤木博士」  慣れ親しんだ呼称は、いつもと違う風に響いた気がした。  シンクロテスト後のこと。シャワーを浴びてきたのかほんのりと湯気をまとってやって来たレイが、これ、とバスタオルを手渡してきた。 「拭いてもらえませんか。髪」 「…いいけど」  タオルをずい、と押し付けるように差し出すものだから、断ることも出来ず受け取ってしまった。  くるりと椅子を回転させ、とりあえず目の前の簡易椅子に座るよう促すと、レイは大人しく腰かける。  猫背気味の彼女の頭にふわりとタオルを被せたはいいものの、要領が分からずとりあえずくしゃくしゃと擦ってみた。  彼女がまだ小さかった頃であれば、何度かこうして髪を拭いてあげたことはある。けれどそんなこと、何年も前のことだ。やり方なんて忘れてしまっていた。  そう思っていたけれど、 「…前にも、こうやって拭いてもらった気が、する」 「あら、覚えていたの」 「少し」  右手で、左手で、わしゃわしゃと優しく擦る。そうしているとふと、少し昔のことを思い出した。  目の前の椅子にちょこんと座った少女の髪を拭いていたあの時だって、やり方が分からずただ擦っていたのだ。  その頃と比べると、彼女は随分と大きくなった。気が緩んでいる時に猫背なのは相変わらずだけれど。 「…なんだか、不思議な気持ち」 「きっとそれ、懐かしいっていう気持ちよ」  私と馳せているものが同じならば、の話だけれど。  そう言うとレイは、そうですか、と呟いた。タオルが顔を覆っているせいで、表情は分からない。  でも、と。疑問を口にすると、少女は僅かに上を向いた。タオルの隙間から薄紅色が覗く。 「どうしたの、突然。甘えてくるだなんて」 「…違う。甘えてるんじゃ、ないんです」  私の言葉に驚きを示すように目が丸められ、思い出したと言わんばかりに急にワンピースのポケットをごそごそと漁り出す。  そういえば心なしかポケットが膨らんでいる気が、 「これが、目的」  破裂音が、耳一杯に響いた。  目の前をひらひら舞う色とりどりの紙ふぶきに、視界がちかちか眩む。レイの右手にはこよりのような紐、左手には筒状の何か。 「大成功ね、レイ!」  続いて飛び込んできた、聞き馴染みのある声にようやく何が起こったのかを理解したと同時、やれやれとこめかみを押さえた。 「どういうことかしら、ミサト」 「どういうこともなにも、こういうことよ」  レイとハイタッチをしている友人に尋ねれば、床に落ちた長い紙を拾い上げ二人して広げてみせる。  “Happy Birthday!!”  …予想はしていた、けれど。 「…こんなドッキリじみたことしなくても」  あたしじゃないわよ、レイがしたいって言い出したの」  目の前の少女はこくり、頷く。お世話になってるから、と呟いた表情は、ドッキリが成功したからか綻んでいるようにも見える。  ああ、まったく。 「んん? 嬉しいなら嬉しいって言ってもいいのよ」 「耳がまだ痛いわ」 「ったく。かわいくないの」 「この歳になってまで可愛さは求めないもの」 「へいへい」  いつものような憎まれ口を叩きつつも、笑顔の彼女に釣られて頬がゆるむ。  改めまして。彼女が仕切り直し、レイに何やら促す。 「誕生日、おめでとうございます。赤木博士」  こういう日も、悪くない。 (ところでこのクラッカーのごみは誰が掃除してくださるのかしら) (逃げるわよレイ) (了解)
 りっちゃんと綾波の関係がすき。  2012.11.21