そうして僕らは夜にかえる。
ふたりぼっち、だった。
虫の声さえ聴こえない夜闇の中、僕とミサトさんは、昨日の夜みたいに同じベッドで横になっていた。
枕はミサトさんに取られたまま、毛布代わりのタオルケット一枚を共有して。
二度目で、しかも僕から誘ったとはいえ、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
それはミサトさんも同じみたいで、照れ隠しからかいつも以上にはしゃいでいるように見えた。
「んー、加齢臭がしないって素敵ねー」
枕にぐりぐりと顔を擦りつけながら、そんなことを言っている。
動くたびに髪がさらり、手の甲に触れてきて少し、くすぐったい。
「ミサトさんの枕からはするんですか、加齢臭」
「女性にそういうこと訊いちゃいけないって、知ってる?」
「ミサトさんなら大丈夫かなって」
「あたしは女じゃないと」
「まだそんな年齢じゃないって言ってるんです」
いつもの僕なら迷わず頷いていたけど、今日は、今だけは、素直な言葉を返してみた。
すると彼女は顔を押し付けたままぴたりと動きを止めて、それからじとりと横目で僕を見つめてくる。
月が出ているのか、少しばかり明るい部屋では、彼女の表情がよく見えた。
彼女の表情が見えないと嘆いていた昨夜が嘘のように、今はこんなにも、鮮明に。
「…そこはいつもみたいに、憎まれ口叩いてよ」
調子狂っちゃうじゃない、なんて。頬をふくらませて、まるで子供みたいに。
そんな仕草をしてみせるミサトさんはやっぱり、加齢臭がしそうな年齢には見えない。
そもそもミサトさんは言うほど年を取っていないんだから、もっと自信を持てばいいのにと、僕は常々思っている。
そう言うときっと調子に乗るだろうから、言葉にはしないけど。
「素直な僕は、好きじゃないですか」
「素直な子供は好きよ。でも素直なシンちゃんは、なんていうか、こそばゆいわ」
それは僕も同意見だった。
正直な気持ちを口に出すというのはどこか小突かれているみたいにくすぐったくて、けれど素直になれたことが少し嬉しくて。
そんなこと一つにも反応してくれるのがとても、嬉しくて。
ねえ、シンちゃん、と。枕越しのくぐもった声が一つ。
はい、と返事を一つ、こぼして。
「あなたはもう、十分に大人よ」
自分はどうしようもなく子供なのだと、家族一人笑顔にできない非力な子供なのだと言っていたけれど。
彼女は続ける。だってこんあんいも、あたしの欲しい言葉をくれるんだもの。
「あたしの傍にいるって、言ってくれるんだもの」
それだけで十分なのだと、彼女は言う。その言葉に、僕はゆっくりと、首を横に振った。
それではまだ、彼女は僕がいなくなることを前提としているから。いつかは離れていくのだとばかり、思っているから。
そ、と。髪に手を伸ばす。触れても、ミサトさんがびくりと震えることはなかった。
「まだ、大人なんかじゃないです」
そうしてはき出すのはやっぱり、素直な中身。
喜びも、悲しみも、全部全部を共有したい。小さなタオルケット一枚だけじゃなく、ミサトさんの感じる想いを、目に映るものを、共有したかった。
つまりそれは彼女のすべてを僕だけが知りたいという独占欲にも似た、子供のエゴでしかなくて。
だから結局、僕は彼女を支えきれるほど、大人になってはいなくて。
「僕はこれから、大人になっていきます。ミサトさんと」
くるり、僕の方に向き直った彼女は、くすくすと笑いをこぼす。
「もういい大人なんだけど、あたし」
「大人のつもりだったんですか」
「…つもり、だったんだろうな」
さみしそうな笑みに変わる、瞬間。
今までなら見ていたくなくて、俯いていたけれど。
僕はもう、視線を逸らすことはしない。言葉を濁したりはしない。
全部全部受け止めて、知っていくんだと決めたから。彼女が彼女らしくいられるように、振舞えるように。
くしゃりと、ミサトさんの顔が崩れる。
泣き出す一歩手前、だーいぶ、と叫びながら飛び込んできたのは僕の腕の中。
僕と同じボディソープのにおいがふわりと香って、落ち着いた髪が視界の隅で揺れた。
「じゃあ、ゆっくり成長してもらわなくちゃ」
できるだけ長く一緒にいられるように。
「僕よりもミサトさんの方が成長は遅いだろうから、心配は無いですよ」
「そっかシンちゃんはあたしを貶してるのね」
「素直に喜んでください」
「喜べるかっ!」
いつの間にか、普段通りのやり取りへと戻っていく。
きっとこれが、僕たちなりのペース。憎まれ口を叩いて、たまに素直になって。そうしてゆっくり、大人になっていくんだ。
僕とミサトさんと、一緒に。
ぎゅ、と抱きしめれば、負けじと抱きしめ返してくる。
擦り付けるように、胸に顔を押し当ててきて。
シンちゃんのにおいがする。
彼女が嬉しそうに、つぶやいた。
(こどもの僕と、こどもみたいなあなたと)
旧エヴァシンジくんと新エヴァミサトさんの共依存に片足かけたような関係が理想。
2013.12.9