おくのおくまであいしてあげる。

 信じたくない、ぜったいに。  ぐちゅ、と。淫猥な水音に反してもどかしさばかりが募る。もうすこしと、知らず求めてしまっている自分が恥ずかしい。なにがほしいか、なんて、自分が一番わかっているけど、だけども、認めたくないことだってあるの。  ──私でなくちゃだめな身体にしてあげる  年下のくせになんて生意気な。私の方が彼女よりいくらも年齢を重ねていて、そこそこの恋愛だって経験してきたというのに。あっという間に私をシーツに縫い止めたあの子は、そうして楽しそうに口角を上げた、あの表情をよく覚えている。  できるものならやってみなさい。年上としての余裕を持ち出し不敵に微笑んでみせた気がする。あのときどうして挑発してしまったのか。後悔先に立たずとはこのことで、いくら悔しがってみても、身体のそこかしこに刻まれた痕は消えるはずもないのだけど。  彼女は言葉通り、あの子でなければだめな身体にしてきた、そう、そのままの意味で。  あのあと何度もシーツの海に沈められては、甘くとけた声を上げさせられて。年上の意地も威厳もどこへやら、彼女の思う通りに身体が跳ね、視界がちかちかとまたたき、そのたびにまっしろに染まる思考はいま必死にしがみついているその人のことしか浮かべなくなってしまって。  そうして──そうして私は、あの子のいない夜が物足りなくなってしまった。いままでこんな欲、顔を出したことさえなかったのに。  ある夜は彼女と一緒にくるまっていたタオルケットに、ある夜は彼女が頭を乗せていた枕に、またある夜は彼女がまとっていたネグリジェに。顔をうずめ息を吸いこみ、彼女の残滓を感じ取って。彼女を想って伸びる指を止める手立てを、私はまだ、知らなくて。  ずりゅ、と、おく、を、かすめた気がして吐息がこぼれる、彼女が忘れていったスカーフをさらに抱きこむ、甘やかな香りが私を包みこんでまた胸が苦しくなる。  もうすこしなのに、あとちょっとで届きそうなのに、そのちょっとがどうにもならなくて、下腹部ではただ熱がうずくばかり。自分ではどうやったって満たされることがないと知ってはいるけど、だからといって毎夜求めるのも、私ばかりが深みにはまってしまっているみたいで癪にさわる。  ああでもあの、かお、ぱちんぱちんと頭でなにかがはじけていく私に向けるあの表情も、無我夢中で伸ばした指を絡め取るあの熱も、たしかないとおしさをこめた視線も身体中に落とされるくちづけもグローリアと宥めるようにこぼれる声もなにもかもすきでいとおしくてそのたびにきゅうと切なく痛むおくが彼女のかたちをたどっていって。  だめ、やっぱりたりない、悔しいけど私ひとりではどうにもできない。いつの夜だって考えるのはあの子のことばかり、もう取り返しのつかないほどおぼれてしまっていて、 「──ほら、やっぱり私がいなくちゃだめじゃない」  ああその、こえ、 「…っ、や、だ、どうし、……ぁっ、」  ふいに覗きこんできたいたずらな笑みを見とめた瞬間、背筋をびりびりと這い上がる快感。自分だけではどうにも拾い上げられなかったそれが簡単に見つかってしまって、ぎう、と、自身の指を痛いくらいに締めつける。まぶたを閉じてもやり過ごせないそれに全身を支配されて、背を丸める、気付けば爪が白くなるほどスカーフを握りしめてしまっていて。  そうして。ようやく見えた理性を掴む間もなくくしゃりと、だらしなくも乱れた髪をかき上げられる。  そのままやさしく頭を撫でてくる主をできれば見たくはなかったのだけど、だからといってずっと目を閉じているわけにもいかず恐る恐る視界を開いてみれば、予想に反してやわらかな表情を向けるカルロッタがそこにいて。はしたない私を目の当たりにしててっきり引いているか、もしくは意地悪く笑っているとばかり思っていたのに。  果てに行き着いた直後の気怠さを労うように髪を梳いて、ちゅ、と。軽い音を立てて額に落とされるくちびる。まるで子供にするみたいな扱いに、だけど腹が立つことはなかった。 「…どうして戻ってきたの」 「ストールを忘れたことを思い出して」 「…思い出さなくてもよかったのに」  相変わらず素直になれない口は不平を洩らす。年上とは名ばかりの私に呆れもせず笑みを深めた彼女が、ごめんなさい、とくちづけをもうひとつ。軽い触れ合いに、一度息を潜めたはずの熱がまた首をもたげてくる。  まだ髪を弄んでいる指を、自身の両のそれで絡め取り口元へ運び、ちゅ、と。見上げれば、夜の帳に似た眸にもたしかな色が灯っていて。 「責任。取りなさいよ」  あなたがこんな身体にしたんだから。言葉を継ぐよりも先に降ってきたくちづけが音を呑みこんでいく。呼吸さえ奪い去ってふと、距離を置いたくちびるはそうして憎らしいくらいきれいに笑みをかたちづくった。 「お望み通りに」 (わざとストールを忘れた甲斐があったわね) (えっ) (あっ)
 どどどえっちを目指したつもり。  2018.10.19