みてなさいよ、きっといつか、
「今夜こそは。──なぁんて。思ってたでしょ、カルロッタ」
目に鮮やかな紅を引いたくちびるが、それはそれは愉快そうに口角を上げる。たったそれだけで背骨を駆け下りた予感は、同時に諦めも運んできた。
ああ、やっぱり今夜も。
それでも簡単には負けに甘んじたくなくてぐ、と。押し返してみたけれど、手首をシーツに縫い止めた彼女の指が少しの抵抗さえ許さない。こっちは二の腕が悲鳴を上げるほど力をこめているっていうのに、びくともしないなんて。
なにもかもお見通しなグローリアの言葉を認めるようで癪だけれど、今夜こそはと、たしかにそう考えていた。天井を見上げるのは不本意ながらいつも私。すがりつくばかりのその背を、たまにはシーツに沈めてやりたくて。
先に押し倒してしまえばあとはこっちのものだろうとタイミングを窺っていたところをひょい、と。お姫さまよろしく抱え上げられ、何事かと問う間もなくベッドへ運ばれ、そうしてあっという間にいつもの体勢へと持ち込まれていたというわけで。
「華奢な身体の一体どこにこんな力があるっていうのよ…」
「あら、知らないのかしら」
思わずこぼした不満を丁寧に拾い上げたグローリアは、首筋にくちづけを落としながら小さく笑う。あたたかな呼気がふとふれて、じんわり、しびれが広がって。お願いだから肌の近くでしゃべらないでちょうだい。伝えたところで、面白がった彼女が余計身体を重ねてきそうだから口には出さないけれど。
「ジェラトーニってね、結構重たいの」
「答えになってないわよ、んっ、」
湿ったくちびるが鎖骨のかたちをなぞっていくせいで全然会話に集中できない。顔が見えずとも、私が洩らした吐息を受けて広がる満足そうな笑みくらいありありと想像できた。
ふいに左手が解放され、離れた指先が脇から横腹をつ、とたどる。震えで返すなんて、私の身体も律儀にできているものだ。
「ほら、あの子をだっこすること多いから」
「猫といっしょにしないでもらえるかし、ら、ぁ、っ、」
好機を逃すまいと、胸元を滑っていく太陽色の髪に指を差し入れて。けれど引き剥がすより先にふくらみにやわく歯を立てられ、さらに引き寄せる結果となってしまった。
下着のふちぎりぎりにふれたかたちのよい歯が名残惜しそうに離れ、同じ箇所に今度は慈しみをこめてやわくくちづけて。内側からじりじりととかされていく、悔しさとは裏腹にはやくと叫んでしまいそうになる、もどかしく攻め立てるのはきっと彼女の専売特許、表情を余裕で彩り、私の理性もプライドもなにもかも崩していって、そうして先を促させる、なんて意地の悪い。けれどどの面においても彼女に敵わない私はいつまで経っても惨敗を喫するばかり、くやしい、くやしいはずなのに、
「…さわられるの、そんなにいやかしら」
ふ、と。覗きこんできた表情があんまりにも不安そうにかげっていたから。さっきまで弄んでいたくせに、本当、ずるいひと。
「─…いや、だったら、大人しく寝転がってないわよ」
「全然大人しくないけど」
「いいからさっさと、」
もはや言葉にするのももどかしく、その紅めがけてわずかに上体を起こした。ちゅ、と子供みたいなリップ音。いい子ね、とでも言わんばかりに頬を撫でられる。いちいち子供扱いされるのもまた癪に障る。年下といえど、私だってもういい大人なのに。
そう、だからこれはグローリアが勝手に撫でてきているだけで決して、私からすり寄っているわけではない。などといまだ往生際の悪い私が内心で言い訳をこぼす。
私の心中を知ってか知らずか、年上然として微笑んだ彼女は、いずれね、と。
「あなたの身体に刻んだすべてを、ちゃんと覚えていてちょうだい」
──そうしていつか同じようにわたくしにふれてね
それはどこか期待をかけられているようでもあって。
降ってきたいつかの約束に素直に頷けば、いいこね、と。だからいやだって言ってるでしょ、それ。
(それでも甘えたくなる衝動を抑えられなくて、)
数年先に手酷いしっぺ返しを受けてる華が見える。
2018.10.28