そうしてまた、春に、ね。
──美しい、と。改めてため息がこぼれた。
普段グローリアが腰を下ろしている路肩に足を運んだのはつい先ほどのこと。
てっきり今日もここで道行く人間たちを眺めているとばかり思っていたのに、求めた姿はそこにはなくて。首を傾げて一思案、ふいに空を見上げ、そうしてはたと思い至る。
当たりをつけ向かった先に果たして目的のひとはいた。
いつもの場所から少し離れた、雑多な街なかにぽつんと佇む公園の花壇。天気のいい日はここでひなたぼっこ─俗に言う光合成なのだろうけれど、その呼び方は嫌いなのだと彼女はいつもふてくされる─をしていることを最近知った。
雪ばかりが降りしきっていた日々に訪れた、久々の晴れ間だ、足を弾ませ公園へとやって来たのだろうことは想像に難くない。
グローリアの力に感化されたのか、まだ寒さが厳しい季節だというのに、簡素な花壇がそこだけ春かと見紛うばかり不自然に芽吹いていた。
そんなとりどりの色の中心で、レンガの上に腰を据えた彼女はまぶたを閉じゆっくりと船を漕いでいた。太陽を思わせる髪が風に舞い、陽光を受けたまつげがまぶたに影を映し、まっさらな頬をほんのり朱に染め、花弁そのままのスカートの裾がひらりと揺れる、その光景に思わず見惚れ、ほう、と息をひとつ、やはり彼女は春そのものだと、いまさらな感想を織り交ぜる。
音を殺して隣に腰かけても、夢の深くに沈んだ彼女が目覚める気配はない。
黙っていれば文句なしに綺麗なのに。計算されてつくられたとしか思えない完璧な横顔を見つめ、思うのはそんなこと。本人にこぼそうものならくちびるをつんと尖らせ、かわいげのないセリフをひとつもふたつもみっつも吐くだろう。
つっけんどんな態度だって愛らしいけれど、だけれども、
「ねえ。起きて、グローリア」
私だってたまには、甘くとろけた彼女の声を聞きたい。そんな欲と好奇心のままに呼びかけた。
声に反応して震えるまつげ。花開くようにまぶたが持ち上がり、夢を払うみたいにまばたきを一度、二度。声をたどったグローリアが緩慢な動作で顔を向ける。
まどろんだ眸がひとつ、またたく。青い空を見つめすぎてきっと、色が移ったのだろうその透き通った眸に私をとかし、ふ、と。覗いた表情は普段の小生意気なそれではなく、花の綻びに似たあどけない笑顔。
「──あなただと思った、」
「…どうして」
「だって、ね、」
あなたのにおいはすぐに、なんて。言葉尻が曖昧にとけていく。
まぶたが私の姿を閉じこめ、ふら、とバランスを崩した頭はこちらの肩に軟着陸。すぐに聞こえ始めた規則正しい寝息に、生まれたての雛鳥じゃあるまいし、と。呆れた口調はかたちばかり、どうしようもないいとおしさに任せた口元はゆるんでいくばかり。本来なら彼女はいま、深い眠りについている時期。そんな睡魔を漂う彼女をすくい上げたのが私の声だという事実がうれしくて。
はっきりと覚醒した彼女が果たしてどんな反応をするのか見ものだけれど、いまはこのぬくもりを思うさま感じていようと、そっと頭を寄せる。
「─…おやすみ、グローリア」
彼女の髪からは、まだ見ぬ次の春のにおいがした。
(ちょっと!なんであなたがわたくしにもたれかかってるのよ!)
(逆よ、逆)
某先生へのリスペクトをこめて。
2019.1.16