真似事恋慕。
──きれい、と。はき出した息には、熱がこもっていた。
はじめはほんの意趣返しのつもりだった。
誰の許可を得てわたくしの寝顔を盗み見たのよっ
春の訪れのまぶたを開いて最初に飛びこんできたきれいな表情のあまりの近さに、悔しさ半分恥ずかしさ半分で語気を荒げれば、美しいものを愛でるのに許可なんているのかしら、なんてあっさり微笑まれて。
彼女が素直な言葉を返してくるのも珍しくて、しばらく呆気に取られてしまった。
美しいのはあなたの方よ、などと洩らしてしまわなかった自分を褒めたい。わたくしを見つめるカルロッタの表情はまるで、人間の言うところの聖母そのもののように映ったから。癪だからそんなこと絶対言ってあげないけど。
らしくない考えをぐるぐるめぐらせているうちによしよしだなんて、子供にするそれみたいにあやし始めたものだから、やっぱり腹立たしいわ、と。
それから。それから、そう、わたくしだって彼女の別の一面を見ないことには割に合わないと思って。その余裕をいっさいがっさい剥ぎ取ってみたくなって。
彼女を押さえこむことは存外簡単だった。
くちびるを割り舌をじゅと吸えば、いままでの抵抗が嘘みたいにほどけていったのだ。考えてみれば蝶は花に誘われるいきもの、それも当然のことなのかもしれない。
彼女自身がデザインした服をひとつ、ひとつと脱がしていく過程は、蝶の翅をもぐ行為にも似ていて。
背筋がぞわりと震える、これは歓喜、気高く美しい唯一の蝶をわたくしだけが留めることができるのだと。
ちろり、いつになく不安に揺れた眸が見上げてくる。彼女もわたくしの想像と同じものを浮かべているのだろうか。
なんてか弱い、なんて儚いの。
大丈夫よと、答える代わりにくちびるを落としていく。
額に、頬に、首筋に鎖骨に、そうして胸の頂きにそ、と。ふるり、痺れがつたうみたいに強張る身体。
人間の真似事だなんてと呆れていた蝶がこうして人間のように走る快楽に抗っている様子がいとおしい。甘い蜜におぼれて、もっともっと沈んでしまえばいい、飛べなくなってしまえばいい。
くちびるをふれさせているだけなのにもう痛いほど主張している先端を舌で転がす。
かり、とわずかに歯を掠めれば、悲鳴とも嬌声ともつかない音がついに彼女の口からあふれた。
「や、だ…っ」
「やだ、って。まだ胸にしかふれてないのよ、カルロッタ」
カルロッタの宵色の眸が見開かれる。信じられないといった表情は常にない自身の泣き言にか、それともわたくしの言葉に対してか。
「それともこっちはさわらなくていいのかしら」
思うさま胸のかたちを潰していた右手をゆるり、下腹部へと走らせる。途端、ひくりと固まる彼女の表情。
「…いいのかしら?」
控えめな茂みにふれるかふれないかの位置でゆるゆると、円をえがくように撫でる。
さらに下へと誘うみたいにかすかに揺れる腰にきっと、彼女は気付いていない。だからわたくしも気付かないふり。
はやく認めて、受け入れて、わたくしを。
願いにも似たそれが果たして届いたのか、こくりと、小さいけれどたしかに頷いた彼女の滑らかな髪を梳く。いいこね、だなんて、いつもはわたくしに向けられるセリフなのに。
身体のラインに合わせて指を下らせる。ぐじゅり、たどり着くよりも先に、水音が鼓膜を占めた。
「だめ」
恥ずかしさからか、顔を覆い隠しているカルロッタの手を引き剥がす。夜目にもそれとわかる、真っ赤な目元。
「ぜんぶ見せて」
羞恥に流れる雫を舐め取り、目尻にくちびるを落とす。その宵色までたべてしまいたい衝動を抑え、つぷ、と。期待に震える花芯にはふれず、そのまま彼女のとろけきったなかへと指を滑らせた。
ひ、と喉がしなる。
待ちきれなかったのはわたくしの方。
ぎゅうと指を締めつけられ、自身の下腹部がずくずくと熱を孕む。
ひとのかたちを取ってよかったと、いまほど感謝したことはなかった。だってこうして繋がることができる、互いの熱を感じることができる、まるで恋人みたいに。
恋人、こいびと。
胸のあたりが小さな痛みを覚える。こいびと。人間が定義した関係性でしかないのに、どうしてこんなにも喜びを感じてしまうのだろう。どうしてこんなにも、くるしいのだろう。わたくしはただの花で、彼女はただの蝶で、蜜を吸い花粉を運んでもらう関係でしかないはずなのに、わたくしは、
「──グロー、リア、」
そ、と。頬を包む、熱。両手を伸ばしたカルロッタがもう一度名前を紡ぎ、ふと、わらう。
「─…きて」
ぎゅ、となにかをつかまれた気が、した。
止まっていた指をぐと押し進める。落ちた彼女の指がシーツを掻く。壁をやわくこすり上げると、律儀に反応した背中が浮いた。
もっと満たしたい。もっともっと、このひとをわたくしでいっぱいにしたい。
中指に続いて人差し指を差し入れれば、きれいな眉が苦しそうに寄った。入り口こそきつかったものの、親指で花芯をすればすぐに雫があふれ、奥へ奥へと誘われていく。
彼女が甘く濡れた声を上げるままに奥の壁をこつこつ叩いて、撫で上げて、熱に浮かされているのは彼女かそれともわたくしか、そんなことさえ判別つかなくなってただこのひとがわたくしのことしかかんがえられなくなればいいと、
「すき、」
「ええ、すきよカルロッタ、すき」
「す、っ、あ、はっ、あ、すき、」
「すきなの、カルロッタ、あいしてるの」
それ以外の言葉を忘れてしまった、それ以外の感情なんていらなかった、すきだから、ぜんぶぜんぶ見たいの、あいしてるから、わたくしだけを見てほしいの、ねえカルロッタ、わたくしね、あなたのことずっと、
「───…っ、」
ぎゅう、と一際つよく指の根元が呑みこまれたのは一瞬。
ふ、と力を失った身体が、ゆっくりシーツに受け止められていく。
彼女が垣間見たたしかな終わりに、名残惜しくも指を抜いた。
濡れそぼったままの指に、まだうまく力の入っていない彼女のそれが絡んで、引き寄せて、ぐるり、視界が反転し──って、なんで、
「あいしてる、って、言ったわね、あなた」
見上げたカルロッタは、いまのいままで脱力していたのが嘘みたいに笑ってみせる、それはそれは艶やかに。
押し返してもびくともしない。だってだって、最初はあんな簡単に沈んだくせに。
「私もね、たくさんあいしたいの、グローリアのこと」
余韻もなにもなく降ってくるくちびる。感度が高まった身体がそのひとつひとつに過剰に反応する。
いやよ、そもそもわたくし、余裕をなくしたカルロッタの顔が見たかっただけなのに。
「ああ、グローリア、──きれいよ、とても」
うっとりと吐き出された熱に、下腹部がぎゅう、と、せつなくないた。
(ああもう、やっぱりいけすかないひと!)
華が冬眠してるうちにベッドに運んだってことでひとつ。
2019.1.16