みないで、

「やだ、ちょっ、と、グローリア、」  非難の声はとりあえず無視することに決めた。  取り上げた仮面を、カルロッタの手が届かないよう自身の背後に追いやり、代わりにずい、と身を寄せる。たじろいだ彼女が後ずさるものの、その背はもうソファに阻まれてしまって。  顔を覆う両の手を取り、指を絡め、奥の奥まで覗きこむ。よほど恥ずかしいのだろう、目の前の頬はあっという間に朱に染まった。  宵に似ている、と思った。  夜の入り口、静かなきらめきを湛えた色。この不思議な色を、これまで生きてきた中で一度も目にしたことがない。だからこそその持ち主とはじめて相対したとき、あんなにも惹かれたのだろうか、あんなにも美しいと感じたのだろうか。  日を追うごとに宵色に引き寄せられ、焦がれて。もっと近くで、もっと鮮明に焼きつけたい。いつしかそう願うようになってしまって。  控え室のソファにひとり腰かけていたカルロッタの隣を陣取り、声をかけられる前にずいと距離を詰める。彼女とここまで空間を共有したのははじめてのこと。  雑誌から視線を持ち上げた彼女が首を傾げる。  どうしたの、と問われるより早く、その表情の半分を覆い隠していた神秘のヴェールを奪い去った。随分と簡単に剥がれたそれに驚いたのは彼女も同じ。ぱちり、ようやく全貌を現した宵色の眸がひとつふたつとまたたく。  きれい、と。浮かんだ感想はいたってシンプル、だけどそれ以上に言葉を飾ったってこの美しさを表現できるわけがなくて。  こちらの意図を察したのか、常に冷静なカルロッタにしては珍しく、ひどく慌てた様子で仮面を取り返そうと躍起になる。けれど顔の左半分を隠しながらの抵抗がうまくいくはずもなくて。  絡め取った指ごと、彼女の頬を包みこむ。鼻先が、抑えた彼女の吐息が、懇願するみたいに揺れる眸が、ふれる。どうしてそうまでして隠したいのだろう、こんなにも透き通っているのに、こんなにも魅惑的なのに。 「…ねえグローリア、もう、」 「まだだめ」 「ひぁ、」  この距離に耐えかねたのか、ついにぎゅうと眸を閉ざしてしまう。わたくしはまだ足りないのに。むくれる心のまま、アイシャドウの乗ったまぶたにくちづければ途端、身体を震わせ再び宵色が覗いた。  色に姿がとかされていく、まるで彼女の一部になれたみたいで知らず、頬に笑みがのぼる。  ほんと、きれい。  泣きそうな声で口にされたおねがいはまだ、聞き遂げられそうもない。 (まだはなしてなんてあげないわ)
 華は蝶の眸の色がおすき。  2019.1.21