刻む、もの。

 つ、と。毛先から伝い落ちた汗がまっさらな肌で弾ける。そのわずかな刺激にさえもふるりと反応を返す彼女のなんといとおしいこと。  上体を屈める、髪の一房が背中にふれる、ひくりと緩慢に揺れて、くちびるをつけて、ちゅ、と。ひとつはかわいらしい音をおまけして、もうひとつはきつく吸いあげて。 「あなた、ね、」  やんわり歯を立てたところで、恨めしさをこめた声が響いた。  声につられて顔を上げれば、それまで枕に顔をうずめていたカルロッタが視線だけをこちらに向けていた。顔を傾けるだけの気力は残っていないのだろう、頬は枕に包まれたまま。 「どれだけ残せば気が済むのよ…」  呆れさえ含んだそれに改めてカルロッタの背を眺める。  背骨のくぼみに点々と、果ては肩甲骨にまで、真っ赤な花が咲いている。花、というより、内出血をあちらこちらで起こしたそれはもはや痣に近いけど。よくこんな痕をつけづらい箇所にまで残しているものだと我ながら感心してしまう。 「そこ。感心しないの」 「どうしてわかったの」 「得意満面になってればだれだってわかるわよ」  はあ、とため息をこぼすくちびるを塞ぐ。 「─…縛られることがないなら、わたくしが縛るまでよ」  時に縛られないのだと、彼女は言った。わたくしとは異なるものなのだと、さみしそうに笑った。だから残した。汗も、においも、体温も。なにもかもわたくしと変わらない彼女を、わたくしのそばに縛りつけておきたくて。たしかに共に生きているのだという証を刻みつけたくて。  子供のようなついばみを受けたカルロッタはまたたきをひとつ、しかたない子、と。諦めで覆い隠した照れを探り当て、ひっそり笑う。ほら、その感情まで、なにひとつ違いはないじゃない。  汗でほつれた髪を梳き、うなじを露わにさせる。 「だからぜんぶゆるしてね、カルロッタ」 「ちょ、っと、見える場所にはつけないって約束、っ、は、…もう!」 (ん? イメチェンしたのか、カルロッタ) (髪をおろしてないと見えるからよ) (見えるってなにが、) (深くツッコむと馬に蹴られるよ、おじさん)
 このあとおじさんは蝶に蹴られる。  2019.2.16