私だけの、

 まるでお姫さまみたい。  その光景を目の当たりにするたび浮かぶ同じ感想。我ながら凡庸な例えだとは思うけれど、花弁のように広がる裾をつまみ上げ、階段を下るその姿を姫と呼ばずしてなんと言うのか。 「おーいグローリア、そんなに遅いと置いてくよ!」 「もうっ、少しは待ってくれてもいいんじゃなくて!」  早くもひとり陸にたどり着いたオーシャンの陽気な声が響く。我先にと駆ける彼が急かすのも、最後尾の彼女がぶつぶつと文句をこぼすのもいつものこと。  私の隣を歩いていたヒューゴーは、ふたりの変わらぬやり取りに、苦笑とともに足を止める。親心か親切心か、待つという選択を取ったらしい。きっとこの後、私たちふたりを見とめたグローリアが上機嫌にひとつひとつと手を繋ぎ、陸へと歩みを進めるのだろう─実際そういう日も何度かあった─けれど、今日はそんな未来にしたくなかった。あの可憐なお姫さまを、いまばかりは私ひとりでエスコートしたかった。 「いいからオーシャンのところに行ってあげなさいな」  きっと焦れてるはずだから、と適当な言葉も添え、彼の反応を窺う前に逆走する。  ようやくタラップを下り切ったグローリアが顔を上げる。  風に遊ばれるボンネット。太陽を反射する髪。陽に負ける様子のない肌。空をそのまま切り取ったような眸。歩み寄る私に満足したように持ち上がる口角。まばゆいばかりのそれらすべてが、彼女を姫たらしめていた。 「遅いじゃない」  微笑みをそのまま右手は腰に、左手は私に突きつけてくる。取りなさいとばかりに上から差し出された左手に洩れるのは苦笑。まったく、どうやら中身までお姫さま然としているらしい。彼女のわがままについ従ってしまう私はさしずめ執事といったところか。なんにせよ、この麗しい手に最初に重ねるのは私でありたい。 「それは私の台詞なんだけれど」  文句だけは威勢よく、けれど掲げられた手は恭しくさらう。グローリアの顔に笑みが広がる。その表情ひとつで、迎えに来てよかったと噛みしめる私は相当甘い従者なのかもしれない。  ふわりと足を進める彼女に歩を合わせる。太陽よりもまだまろやかな体温が、ぎゅっと握り合った指先からつたう。 「ほら早く行くわよ、カルロッタ!」 「はいはい、」  私のお姫さま、と。呼び名は心の中でだけ。 (迎えを待ってるなんて、まるでわがままなおひ、) (あなたもさっさと歩きなさいオーシャン) (ちょ、カルロ、あの、襟、くるしっ、)
 桟橋でのやり取りがすき。  2019.8.27