はるにであい、
カルロッタが眠りについてから三日目の朝が来た。
窓から差しこむ陽に照らされた彼女の頬がほんのり色づいた気がして上体を起こしてみてもやっぱり陶器よりもまだ白い肌がそこにあるだけ。もう絶望も感じない。再び横たわった床さえなにも返してくれないのはわたくしの体温が移ったからか、それともわたくしも同じ冷気に染まってしまったのか。
視界を閉ざす。どうでもいい。どうでもいいの、なにもかも。
一緒に外の世界を見ましょう。そう誘ってくれたひとはいつ目覚めるかも知れない─もしかしたら永遠に迷いこんだままかもしれない─夢の淵に落ちてしまって。喜びを、ぬくもりを、さみしさを与えてくれたひとは、軽口を叩くそのくちびるさえも噤んでしまって。なのにわたくしはまだこうして息をしている。彼女をこの屋敷に縛りつけていた張本人であるわたくしは人としてかたちを保っている。あるいは罰のように、報いのように、彼女のいないちいさな世界で鼓動を打ち続けている。
もしかするとわたくしは、わたくしだけはこの屋敷の外に出られるのかもしれない。だけども生きる術のひとつとなっていた彼女と、愛を分け合っていたカルロッタと一緒でなければならなかった、そうでなければ意味がなかった。
眠気も空腹もなにも感じない。どこかへ置き忘れてしまったのか、もしくは彼女が持っていってしまったのか、もうどちらでもよかった。カルロッタとともに陽を仰げないのなら、衣装を編み出すことができないのなら、笑い合えないのなら、ここで朽ちてしまっても構わない。
指先が自然、カルロッタが眠る額縁を撫でる。無機質な感触にも慣れた。
ひたりひたり、足音を忍ばせる死の気配。このまま身を任せて願わくばどうか彼女と同じ夢の底へ、
──…リア、
静寂ばかりが満ちていた世界にふと落ちる、聞き馴染んだ声。一気に引き上げられた意識とともに身体を起こそうとして、だけど体力がついてこなかった。代わりに持ち上げた視線が捉えた、紫色の翅。
蝶、だ。どこからか忍びこんだらしい紫の蝶が、額縁に寄り添うようにひらめいている。似ている、と思った。額縁で眠るそのひとの髪に一房だけ織りこまれた色にとてもよく似ていた。
力の入らない腕でなんとか身体を支え、重い腕を持ち上げる。蝶は止まったまま動かない、まるでわたくしが手を差し伸ばすそのときを待っているかのように。
どうか、どうかとどいて。
願いが聞き遂げられたのかはわからない。だけど一瞬差した陽に目をすがめているうちに蝶と額縁が姿を消し、代わりにたしかなぬくもりが、伸ばした指を包みこんでいた。ぼやける視界を明瞭にしたくてまたたくのにそのたびに雫がこぼれて止まらない。存在をたしかめたくて、熱を感じたくて、もう一方の手で輪郭をたどっていく。にじむ世界でそのひとが笑う気配。
「─…少し、眠りすぎたみたいね」
まだ夢に片足を浸しているようにまどろんだ声が耳に馴染んでいく。きゅ、と指が握りこまれて、額にくちづけが落ちて。
カルロッタの、声、だわ。
「この、……ばかぁっ!」
ようやく実感したと同時、持てる限りの力で振り下ろした片手がカルロッタの胸元を叩く。痛いわよ、と非難の声を上げた彼女はそれでも笑ってくれた。
(わたくしたちのはるのはじまり)
あなたとの日々が、また。
2020.6.26