ねだってねだってほしがるさきに、
やっぱりあなた、なんにもわかっていないのね。
落ちたつぶやきには皮肉と、それから自嘲が混ざっている気がして。その意味を問いただしたくて見つめてみても、当の本人は曖昧な笑みを浮かべるばかり。
どういう意味、と。のどの奥からようやく取り出した疑問を投げかけようとしたのにそれより先に距離を詰められ、間近にせまった深い森を想わせる眸に不安を露わにした私が映りこむ──彼女の眸はこんなにも底が窺えなかっただろうかと、思ったのはそんなこと。
ただの嫉妬でしょと。ゼロよりもまだ近い距離で肩を寄せ合っていたヒューゴーと私の間に割って入った彼女にそう笑った、なんだかこどもみたいでかわいいわね、だなんて。そんなのいつものことなのに。春の陽気も手伝ってどうしたって心が躍ってしまう私は鼓動の跳ねるままにアクアポップの彼とも、もちろんカルロッタとだって平気で腕を取り手を回して寄り添うのに。
彼女だってそれを理解しているはずだと、今日は単に自分もともに肩を並べたかっただけなのだと。そう、思いこんでいて。
ぎりりと手首をきつく締めあげる痛みに意識を引き戻される。抑えた呼吸はすぐ目の前。いつの間にか捕らわれていた両の手が頭上高く掲げられる。
「嫉妬、ですって?」
カルロッタの声が低く、静かに、ともすれば怒りさえ孕んで。こんな彼女を、私は知らない、見たことがない、だって私のそばにいた彼女はいつだって微笑みをたたえていたから。だれでも平等にあいしていて、だれにでも等しく向ける慈愛を私にも同じく与えてくれていて。たとえば軽くいなしたり宥めたりはしてもこんなふうに目に見える負の感情を攻撃的にぶつけてきたことなんて、ただの一度も。
「そんなかわいらしい感情なわけ、ないじゃない」
壁に押しつけられ息が、つまる。圧迫され続けている指先がじわりとしびれていく。目に鮮やかな紅を施した口角が持ち上がる、そのくちびるを狂気で彩って。
「あなたをいっそ手折ってしまいたいと──こうして捕らえてもうだれの目にも触れないところへ閉じこめてしまいたいと。そんな感情を目の当たりにしてもあなたはまだ、かわいい嫉妬だと、笑えるのかしら」
空いたもう片方の手が耳から頬をたどり、くちびるへ行きついてつと、爪先でなぞっていく。眸は笑みをかたちづくらない、ただただ、その深い色に私だけをとかしこむ。
「─…手折ってしまえばいいじゃない」
「…なに、を、」
ちゅ、と。触れていた指先にくちづけをひとつ。それまで暗い色を落としていた眸が驚きで見開かれる。だって震えていたから、私の手首をまとめあげた腕も、くちづけを送った指先も、深遠な眸も。きっと彼女自身も蝕まれているのだ、この感情に。ついに表出してしまったそれに自分でさえも戸惑って、こんなにもおびえて。
だいじょうぶよ、だなんて、くちづけをもうひとつ。
「私がどこへも行ってしまわないようにあなたの手で囲ってしまえばいいじゃないの」
腕を、身体を、心を縛って。だれにでもその花弁をさらしてしまう華を彼女の眸に留めておけるようにどんなに乱暴でもいいから私を奪って暴いてかき抱いてただ彼女ひとりのためだけに咲いていられるようにどうか閉じこめていて、と。そんな願いをこめ、指先をちろり、ひそやかに舐めた。
眸がまたたく、私を映したまま。ばかな子、と、ささやいたそのくちびるが私のそれに触れるまでに大した時間はかからなかった。
貪るように喰らいつく彼女にああようやくと、背筋が歓喜に震えた、ようやく、
(蝶の翅をもぐことができた、と、)
狂気を孕んだのは一体どっち、
2018.4.5