とある娘の花語り。
まるで明日の天気にでも触れるような口振りだった。
「実はわたくし、あやかしなんですの」
「…だれに披露するつもりか知らないけど面白くないわよ」
「もうっ、ひとがせっかく真面目に話してますのに!」
あやかし、妖。可憐なグローリアと面妖な単語のミスマッチに、わざとらしくため息をついてみせる。浮世離れしたこの子は時折おかしなことを口走るけれど、いましがたのそれは輪をかけて脈絡がなかった。恐らくオーシャンあたりに吹きこまれたのだろう。今度会ったらただじゃおかない。
彼への鬱憤を晴らす算段をつけている私の目の前で、グローリアはなおも食い下がる。冗談なんかじゃないんですのよ。頬をふくらませる様子はかわいらしいけれど、ただの冗談にここまでむきになるのも引っかかる。
「それなら一体どういう類のあやかしなのかしら」
「よくぞ聞いてくださいましたわ!」
途端、身を乗り出した彼女の眸が輝く。すぐに悟った、これは彼女の策略にまんまと嵌まっただけだと。つまりは渾身の冗談に本気で耳を傾けてもらいたくて一芝居打っただけなのだ。つくづくこの子に弱い自身を自覚しつつもとりあえず先を促す。
わたくしは、そうですわね、言うなれば花の亡霊ですわ。
いいえ、花にしてはあまりに禍々しいですわね。だってわたくしの養分はひとの生気なんですもの。あいしたひとの命を吸って生きてきましたの。
あれはいつだったかしら、冷たくなった身体を抱えて、もう二度とあいさないと心に決めましたの。なのにあなたと出逢って、また心を奪われてしまって、運命というものを呪いましたわ。だって出逢ってしまったらあいするしかありませんもの。
「………生気を吸わない、っていう選択肢は無いのかしら」
熱弁の後、冷えたレモンティーで喉を潤すグローリアにどこから指摘すればよいやら、とりあえず当たり障りのなさそうな疑問から口にする。
「ないですわね。だってあいしたひとのすべてが欲しくなるものでしょう?」
「わからなくもないけれど、別に私は生気を吸ったことなんてないから」
「吸ってくださって構いませんのに」
一応最後まで耳を傾けてみたものの結局オチらしいものは見当たらなかった。なにを伝えたいのか、なにを返せばいいのか。なにひとつわからないまま頬杖を突く。
「それで。花の亡霊さんはどうしてこのタイミングで明かそうと思ったのかしら」
「だって、写真を撮ってしまいましたもの…」
たしかについ今しがた、はじめてふたりの写真を撮ってもらったばかりだけれど。それのなにが問題なのか尋ねれば、写真にちゃんと姿が映らないのだと。なるほど花の亡霊らしい理由だと、もうわけもわからず頷く。
「写真を見て知ってしまうよりは、わたくしから打ち明けたほうがショックも少ないですわ」
「そういう問題なのかしら」
「あなたに嫌われるだなんてわたくし、耐えられませんもの」
つまらないからもうやめにしましょう。そう伝えようとしたところでけれどひたと、懇願でもするみたいに見つめてくる水槽色の眸。
「こんなわたくしでも、あいしてくださる?」
唐突に理解した、彼女はこれが聞きたかったのだ。もしかするとあまり好意を口にしない私に不安を覚えた末のこの不可解な語りなのかもしれない。それにしても回りくどい。そんな面倒な性格もあいすべきところではあるけれど。
仕方のない子ね。息をつき、微笑んでみせる。
「当たり前でしょ、あなたがあなたであるなら」
にべもない私の返答に、彼女は安堵したように笑みを広げた。
「ああやっぱり、あなたはいつだってあいしてくれますのね」
まるで昔を述懐しているような物言いに違和感を覚えなかったわけではないけれど、その話題はそこで終わりだった、そのはずだった。
後日、仕事のついでに写真館を訪れれば、写真の入った封筒を渡してきた店主が申し訳なさそうに眉をひそめる。なんでも奇妙なものが写りこんでしまったのだとか。
見るからに青褪めた彼は一刻も早く手放したいようで、半ば押しつけられるかたちで写真館を後にする。
おかしな行動に首を傾げつつ写真を取り出し、瞬間、戦慄した。私と並び立ったそのひとの、本来顔があるべき場所に、毒々しいほど真っ赤な花が一輪。薔薇よりもまだ鮮やかなそれがたしかにこちらを見ているような気がして視線を外す。私の知るどの種類とも異なるそれに吐き気がこみ上げ慌てて口を塞いだ。
これを、この姿を、私は知っている。
答えを求めて踏み出した足が目指すのは彼女のサロン。おぼつかない足取りのせいで何度も転びかけながらもようやくたどり着いたそこで、軋んだ扉が出迎えてくれた。
蔦がそこかしこに絡まり、陽を遮っている。いつもなら賑わっている時間帯のはずなのに、秘書やモデルたちの姿さえ見えない。荒れ放題の光景に、けれどどこか納得している自分もいて、ただ呆然と座りこむ。
ああ、私は知っていた、あの子に打ち明けられるずっと前から。だって何度も出逢ってきたから。どれだけあいしても足りないのだとあの子は言っていた、だってあいしたひとのすべてがほしいんですものと、そうだ、あのときも、あのときだって、あの子は私と出逢ってきた、私をあいしてきた、最後のさいごの瞬間まであいし抜いて、またわたくしを置いていってしまいますのね、いつかのあの子の言葉がよみがえる、もうあいしたりなんてしませんから、あの子は最後に決まって涙を流す、その誓いが守られたことなんてただの一度もないけれど、ああ私は、何度でも私は、
「 こ ん な わ た く し で も あ い し て く だ さ る ? 」
(だってのがれられるはずもない、)
だってあいしてしまうんですもの。
2021.1.31