罰をくだすならせめて私ひとりに、

 底まで堕ちた一瞬を、私はきっと一生忘れない。なにかを訴えかけるようにただ一心に私をとかしこんだその、眸を。  噛みつくみたいにくちづけてきた彼女はきっともう我慢の限界をとうに越えていたのだろうし、かくいう私もその強引なくちづけひとつで抱えていたなにもかもが決壊してしまった。だって数えるのも面倒なほど長いあいだ彼女のことだけを見つめていたから。恋と呼ぶには重すぎて、愛と称するには歪みすぎたこの想いを年月とともに醜く育んで。それでも表に顔を出してしまわないよう仮面の裏に隠し続けて。  けれど私たちファッションアーティストが一番輝く季節がやって来るよりも先にわたしのもとを訪れたグローリアがどこか迷いを孕んだ表情を向けてきて──ああこの子も、私と同じところへ片足を踏み入れかけているのだと。  そうなる前にどうにかすくい上げたかった。純真な彼女が背負うにはあまりにも穢れすぎているから。清らかな春を体現したかのようなこの子にはどうかいつまでもきれいなままでいてほしかったから。半分は彼女のため、半分は私のエゴ。清純無垢なままの彼女に懸想していたいのだという身勝手な感情を押しつけようとして。  だから、罰が、くだったの。  これまでに幾度も思いえがいてきた、彼女のくちびるを。けれどはじめて重なったそれは想像以上にやわらかく、ふわり、甘やかな香りまでもともに運んできた。花の香にも似たそれに酔わされていく、いいえ、それよりも前にとっくに酔いしれていたのだけれど。  触れ合いはきっと一瞬、それでも私たちにとっては永遠にも等しい時間が流れ、呼吸分だけをあけて離れるくちびる。鮮やかな紅が震えて、ごめんなさい、と。こぼす言葉ごと、奪い去った。くちびるを舐め歯列をなぞり隙間をこじ開け舌をねじ入れ奥へ逃げようとする彼女の熱い舌を絡め取りぐと引きこみきつく吸い上げわずかに残った酸素さえも呑みこみ自分のものにしてしまいたくて。  華奢な肩を押しシーツに縫い止める。ふたり分の体重を受け止めたスプリングが小さな悲鳴を上げる。身体が跳ねた衝撃でほんの少し離れた瞬間に咳きこんだ彼女を気に留める余裕はもはやどこかへ消えてしまっていた、いまはただ、目の前のすべてをこの腕に収めたいという欲ばかり。  月下にさらされたまっさらな首筋にくちびるを落としながら背中に手を回し、半ば強引にファスナーを下ろしていく。勢いあまって立てた歯に敏感にも反応した身体がびくりと跳ねる。  深い襟ぐりをつかんでずり下ろし、見えた下着を外すのも面倒でそのままぐいと引き上げ胸のいただきにくちづけをひとつ。ん、と、鈴を落としたような声が鼓膜の奥へと転がっていく。存在を主張しはじめたばかりのそれをぐるり舌でなぞり、じゅ、と音を立てて吸えば、声のトーンが上がって。さみしそうなもう片方の胸のかたちを手のひらでくずし、つぶして、ともすれば指の痕さえ残ってしまえばいいと。  腹まで下ろした服を行儀悪くも足で蹴り身体から抜き去る。両の胸を好き勝手蹂躙しながら空いた片手で身体のラインをなぞっていく。脇腹からへそ、臀部に太もも。彼女はどこもかしこもやわらかくしなやかで、けれど一瞬でこわれてしまいそうで。  ようやく胸を解放し、自身の右の人差し指を軽く食み手袋を外す。そうして咥えて濡らした指をひたと、彼女の両足の内に潜りこませれば、ささやかな茂みはしとどに濡れていた。そんな事実に心が震える、ああ、この子も私と同じように感情を昂らせているのだと、抑えきれない衝動を抱えているのはなにも自分ばかりではなかったのだと、安堵にも似た歓喜のままにぐぷり、指を、うめる。悲鳴になりきれなかった声は彼女の痛いほどに反ったのどから。  指を喰いちぎらんばかりに締めつけてくるその奥を目指しぐ、と押し進み、第二関節が見えなくなったところでくと曲げれば背中がしなる。シーツをきつく握りしめる彼女の甲に血管が浮かび上がる。左手を伸ばし、手を引きはがし指を絡み合わせる。シーツにさえ嫉妬するなんて私らしくないけれどそれでもかたく握り返してきたその指にいとおしさばかりが募ってくちづけを落とす、腹に、胸に、鎖骨に、頬に、耳に、額に、髪に、彼女のすべてに私のくちびるをあますことなく触れさせて見えないしるしを刻みつけて。  そのあいだに中指も差し入れ押し拡げ、親指で花芯をつぶす、ひ、と息を呑む気配。ようやく見つけたその場所を押すようにすり上げればかたちにならない音が動きに合わせてこぼれていく、そのひとつひとつを逃したくなくてくちびるを奪う、くぐもった声が口の中で暴れる、広げた足がぴんと張る、握りしめた爪が甲に食いこんで、 「──あいして、る、わ、」  ほんのわずかに離れた、刹那、落とされた言葉にすべてがとまった気がした。  見下ろした眸が私を映しこむ、どこまでも澄んでいて、どこまでも慈しみにあふれていて。雫をいっぱいにたたえたそれはけれど迫りくる果てにすぐ閉じられ、もう片方の腕で私を抱きこみぎゅうとしがみついて身体を震わせる。  呼吸がとまり、間を空けて、ふ、と。脱力してシーツに沈んでいく身体をただ、見つめるしかなかった。  彼女はなんと言ったのか、あいしている、と。私はこんなにもよごれてしまっているというのにそれでも彼女は変わらずまっすぐな眸でただ、あいしていると、たしかにそう向けて。 「…グローリ、ア」 「…ようやく、よんでくれた」  おもわず洩れた名前にふわり、涙に濡れた頬を綻ばせる、それが喜びだとでもいわんばかりに。  ああどうして。こんなにもひどく自分勝手な私にどうしてまだそんな眸を向けてくるの。どうしてまだいとおしさをこめて指を絡めてくれるの。どうして、一体どうして。疑問のひとつだって言葉にはならず、ただ彼女が抱きしめるままに身体を密着させる。  ゼロになった距離からぬくもりが伝わってくる、彼女はこんなにもあたたかかったのかと、今更ながらの熱に視界がじわりとにじんでいく。ごめんなさい。口からこぼれていくのはただ罪悪感ばかり。ごめんなさい、あなたをけがしてしまって、欲をぶつけてしまって、 「あいしてしまって…っ」  私が、あいしてしまわなければ。  罪を犯した私に判決はくだらない、代わりに後頭部に回った手が、まるで子供をあやすみたいにやさしく撫でてきた。あなたはなにも悪くないわと、かける声までやさしさを含んで。 「これが罪だというのなら、私だって同罪だわ、そうでしょ、カルロッタ」  ああ、これは、罰、だ。 (清純な彼女を留めていたいと願いながらこの手で同じ場所までおとして、)
 歪んでいるのは、  2018.4.8