私のしらない私の話。

 金糸の髪が戯れに肌をすべっていく、たったそれだけだというのに、もう限界まで熱をくすぶらせていた身体が毛先のひとつひとつに反応を示す。痛いほどに存在を主張する胸のいただきを、じっとり汗のにじむ腹を、もはや自分で持ち上げることさえできない腿を。指でたどられたときみたいに鋭敏に感じ取って、受け入れて。  背筋がまた緊張を孕む、なんて律儀な私の身体。  まだするの、と。疲弊は音にならない。とうに枯れたのどはただかすれた呼吸を洩らすばかり。  けれど代わりに視線が訴えてくれていたのか、ふいに顔を上げたグローリアは、こんなときでなければ見惚れていたであろうそれはそれはきれいな笑みを浮かべた、ああ、その疲れ知らずの微笑みが一番こわい。 「これくらいで満足できると思って?」  これでもまだたりないというのか。つこうとしたため息は、再び足の間に落ちたくちびるに呑まれていく。  だって昨日も一昨日もその前の晩だって同じ景色を見つめていたのに。見慣れた天井を背負う彼女が勝ち誇ったように口の端をゆるめる光景に、いつものごとく、なんて形容をつけるのはたいへん癪だけれど、それでもいつもシーツに背中を包まれているのは私の方だという事実は認めなければならなくて。  はじまりは毎夜様々だけれど今夜はたしかのどがかわいたわなんて彼女の言葉がきっかけ。  マグカップを差し出せば、彼女はどこかたのしそうに首を振る、のませて、と。それが誘い文句だと気付いていれば今夜こそおだやかな眠りにつけていただろうに、どこまでも彼女に甘い私は呆れながらも先に自身の口に含んで、そうして飲みこまないままにくちづけた、それが悪かった。  こくりこくりと雛鳥みたいにおとなしく嚥下したグローリアのくちびるが距離を置いて、じ、と。視線の行方を尋ねるより早く伸びた指が、移しそこねて口をつたった水滴をぬぐいそのまま、私のくちびるに割り入って。  ああまたかと、こういうことに関しては学習能力の低い私はようやく悟る、またねむらせてもらえないのね。  ぴんとはじいた舌先に思考が現実へと引き戻される。  力の入らない下半身はもうシーツと一体化してしまっているのではと疑いたくなるほどぐずぐずにとけてしまっているというのに、彼女が水音を立てるたび、舌で暴くたびに身体のありかを──恥ずかしげもなく反応を返してしまう自身を自覚させられる。  容赦も間断もなく押し寄せる波が身体も思考も蝕んでいく。理性なんてこれっぽっちもなくてただ腰ばかりが彼女の動きから逃れようと、あるいは受け止めようと必死にゆらめく。  つかみそこねた呼吸がぽろぽろこぼれていく、頭のなかがぼんやりかすんでいく、のどが勝手に取り出していく音はけれどたしかな言葉にならない、ちゃんとかたちにしたいのに、やめてって、もうむりって、グローリアって、あなたのなまえ、そうわたし、あなたのそのきれいななまえを音にしたいの、いまこの瞬間わたしだけが口にすることをゆるされたそれをはやくはやく、グローリア、ねえ、 「──なあに、カルロッタ」  こえ、が、とどいたみたいに。  顔をもたげたグローリアがふとやわらかく、いとおしく、それまでいじわるくわたしをとらえていたのがうそのようにわらって、 「──…っ、ぁ、や、」  きゅう、と身体のおくが悲鳴をあげた。下腹から覗いた熱が背筋を這いのぼり一瞬で頭をしびれさせていく。逃げ場をさがして伸びた腕が月明かりに光る髪を引き寄せ胸のうちに抱きかかえ、限界まで身体をこわばらせて。  ちかちかと視界がまたたいたのはほんの数秒。あとはただ力の抜けた身体をベッドに預け、そうして戻ってきた冷静さがついいましがたの記憶を思い起こさせる。  うそよ、だって私、いま、 「さわってないのに、ね、カルロッタ」  くらりと意識が遠のかんばかりの私に無情にも言ってのけた彼女はそうして相好を崩す、新たな一面を知っちゃったわね、なんて。  それはそれはうれしそうな笑み、だった。 (しらない、こんな私、しってたまるものですか)
 あなたといるとまるで私じゃないみたい。  2018.4.22