そんなの、はじめから気付いてたわ。
「お前の真実の愛はどこに向くのかしらね」
頬杖を突いた彼女は、鈍くきらめく眸を向けてよくそんなことを口にする。手を伸ばしてもほんの少し、届かない位置で。けれどささやきが耳に落ちる距離に。
真実の愛。どこか覚えのあるその単語は一体どこで拾ってきたんだろう。記憶を掘り起こしてみても、もやのかかったそればかりが浮かんでは消えていく。うんと小さなころであったような、つい最近でもあったような。
「ねえ、ゴッドマザー。その真実の愛、って、どんなものなの?」
「…そうね、あなたはまだ若いから分からないかもしれないわ」
わたしの疑問に、またたきを一つ、ふ、と。微笑んだゴッドマザー――みんなが呼ぶところのマレフィセントは、くるくると立てた人差し指を空中で回す。
こんな風にやわらかな笑みを浮かべている彼女を見たのはいつ以来だろうかと、以前妖精たちがこぼしていたことを思い出す。わたしの前ではいつだって、やさしく眸を細めているから、近寄りがたい雰囲気をまとった彼女なんて想像もつかないけど。
とにもかくにも、指先を遊ばせている彼女はとうとうと語る。曰く、自身の心をただひとりだけに寄せることだと。曰く、誰よりも想い続けることだと。
指先から金色の光がこぼれる。ゆるやかに流れた風が、わたしたちが上っている木の葉を揺らす。
ううん、と一思案。彼女に倣って指先を振ってみるけど、目に鮮やかな金色が飛び出すことはなくて。
「つまりゴッドマザーの真実の愛は、わたしに向けられてる、ってことよね」
「………どこをどう聞けばそう受け取れるのかしら」
「そうとしか聞こえなかったんだけど」
たっぷり十秒、間を置いて。
指を止めた彼女のまたたきが増えたのは気のせいでないはず。
「いつもわたしを想ってくれてるし」
「自惚れよ」
「たぶん、わたしだけを、好きでいてくれてるし」
「誰がお前みたいなみにくい子なんかを、」
「だって、」
片手を幹に突いて身を、寄せる、それだけで、息が混ざり合う距離にまで縮まった。奥に黄金を潜ませた眸が一つ、またたく。
この眸にいつも、慈しみが映っていたから。この色にいつも、いとおしさがとけ込んでいたから。
「――わたしの心の宛て先はいつだって、あなただもの、マレフィセント」
いつも、いつだって、わたしが勝手に向けている心を受け止めてくれるから。そんな彼女が、わたしに愛を抱いていないはずがないと、そんな願いにも似た言の葉を込めて。
がさり、大きな音を立てて目の前に緑が現れる。魔法で無理に曲げられた枝は、文句でも言うように軋み声を上げていた。
わかりやすい反応に思わず笑みをこぼす。
「勘違いもほどほどにしなさい。…本当にあなたって、」
「みにくい子、でしょ?」
「…ああ、もうっ」
葉の隙間から覗く頬の朱色に、果たしていつ、彼女は気付くだろうか。
(それよりもわたしが葉をめくるのが先だろうけど)
マレフィセント地上波おめでとうございます。
2016.7.8