私にはよほど、君の方がこわいよ。

 今日はやけに積極的に触れ合わせてくるなと、心が弾む。  普段は健全な時間に寝てしまおうとするイデュナの頬をやさしく伸ばして、餅もかくやとなった頃合いにようやく眸を開いてむにゃむにゃとなにやら寝言を呟いている彼女を求めるばかりなのだ。  頭を悩ませてしまうほど早寝な彼女が、だというのにいまは澄んだ眸を大きく見せてこれでもかとばかり抱きついてきている。  く、と。背中に回った両腕に力が加えられ、片足を彼女の細いそれが絡め取っていく。これはもしかしなくてもお誘いを受けているのだろうか、だとしたらこれほどかわいらしいものもない。  嬉しさにだらしなくも緩んでいく頬を隠すことなく口を開いて、 「イデュ、」 「ひぅっ」  びくり、抱えた私の身体ごと震えてしまった。  更に力を強めた彼女は涙とそれから恐らく僅かな怒りさえにじませた眸で見上げてくる。なにか怒っているみたいだが、その表情に被虐心がくすぐられそうになり慌てて理性を呼び起こした。いま彼女の機嫌を損ねるのはよろしくない、非常に。 「い、いきなり、声をかけないでください」 「え、ああ、すまない。呼んではいけなかったか」 「そういうことじゃないけれど、」  言葉が途切れ胸に顔を埋めてきたのはきっと、どこかで物音がしたからだろうか。理由は定かではないがそれよりも突然詰められた距離に鼓動が忙しなく動き出す。  見下ろせばふわふわと舞う髪が、彼女特有のなんとも言えぬ心地良いにおいを纏っていた。この距離はよろしくない、非常に。  そんな私の心情も知らずふるふると怯えた様子のイデュナをなだめ訳を尋ねてみれば、どうやら侍女たちからこの城に古くから伝わる七不思議を聞いたらしく恐ろしくて眠れないのだという。  七不思議といっても、例えば夜中勝手に鳴り出すオルガンだとか、動く彫像だとか、どこにでも存在していそうな話ばかり。私自身も幼い頃から伝え聞いてはいたが、本気にしたことはなかった。そう教えても彼女は首を振り、でもこわいものはこわいの、とそればかり。  今夜は風が強いのか、先ほどから頻りに窓が音を立てている。そのたびに幾らか飛び跳ねて、私に密着してくるものだから心臓がなかなか落ち着きを取り戻さない、もちろん恐怖とは別の意味で。  ああ、そろそろ理性を表に立たせておくのも限界だ。彼女には悪いが、こんなにかわいい妻に手を出さないことは、少なくとも私には不可能だから。 「なあ、イデュナ」  びくり、また大仰に反応を示す。そんな彼女が逃げてしまわないよう抱きしめ返し、耳元にくちびるを寄せる。 「これは聞いた話なのだが、幽霊というものは大きな声に弱いらしい」 「…本当に?」 「ああ。だから、」  希望を込めて私を映すその眸がいじらしくて、かわいくて。罪悪感などとうに捨て、彼女を組み敷く。 「だからかわいくないてくれよ」 (誰がこわいかわからせてあげようか)
 イデュナさんはホラー系苦手だといい。  2015.10.17