ダンスはうまく踊れない。
いち、に、さん、に、に、さん。すっかり刻み込まれたリズムを復唱して、息を吸い込み、右、左、交互に足を下げていく。いつもより長く続いている、これなら今回は最後まで、
「っ、」
「あ、ご、ごめんなさい!」
後ろに下がる場面でうっかり前に出てしまったわたしの足が、あろうことかヒール部分で相手の靴を踏んでしまっていた。
洩れた鈍い声に慌てて足を浮かせ、怪我の具合を見に腰を屈める。いいんだ、大丈夫だと、彼はいつもの調子で押し留めてきた。革靴にさえはっきりそれとわかるほど跡が残っていて大丈夫なはずがないのに。申し訳なさにちらりと視線を上げてみても、笑顔を引きつらせることなく浮かべているばかり。
もう一度だと伸ばされた手を取るのに躊躇いが生まれるのも無理はなかった。
元々ダンスは上手な方ではなく、パーティー会場ではことごとくかわしてきた。けれども一週間後に控えた晩餐会で一曲でもとカイに乞われてしまい、踊らなければならなくなってしまったのだ。
そんなわけで、一番難易度の低いと言われるワルツを練習しているのだけれど、上達する気配は欠片もなく。
「…やっぱり、わたしには無理だわ」
胸元で握りしめる、その手がかすかに震えていることなんて、確認しなくてもわかっていることだった。
申し訳が立たなかった、毎日の公務の合間を縫って練習に付き合ってくれることも、何度も足を踏んでしまうことも、それでも怒らずもう一度と笑ってくれることも全部。こんな簡単なこともこなせない自分に腹が立って涙が出そうだった。
いっそ別の誰かと踊ってくれた方がまだ、こんなにも心苦しくならずに済むのに。どこぞの綺麗なお姫様の手を取って、距離を縮めて。
「無理なんてことはないさ」
けれど彼はわたしの言葉なんてどこ吹く風で。
取られた手がぐいと引っ張られ、あっという間に身体は彼の腕の中。胸に預けた頭から直接、声が響いてくるようで。だって、と。
「君以外と踊るなんて、私には考えられない」
だからこれは私のわがままだ、君はそのわがままに付き合ってくれているだけだ、なんて。普段はこんなにも饒舌でない彼が、子供の言い訳みたいにつらつらと言葉を重ねて。
手のひらを合わせて、指を絡めて。
さっきよりも狭まった距離にある眸が笑んだ、わたしを映して。
「踊ろう、一緒に」
言葉が合図とばかり、頭の中で鳴り始めたワルツのリズムに頬が染まる。どうかこの跳ねた心の勢いのまま、また足を踏んでしまいませんように。願いをこめて、足を浮かせた。
(ああきっと、この距離がだめなんだわ、だってあなたと近すぎるんだもの)
ダンスは苦手なの、だって別人みたいなあなたがいるんだもの。
2015.10.19